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毎年石見守は

2020年08月03日 18:51

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/08/02(日) 23:58:01.75 ID:UuWTnIX6
慶長七年の頃より、佐渡国で掘り出される銀が倍増し、一万貫目余りが幕府に納められた。
前に越後の上杉景勝が彼の地を領納していた時は、銀の産出も僅かであったという。
また石見国の金山も産出が倍増して四、五千貫目が納められた。これも前の森(毛利)輝元の
時代は僅かな産出であったという。家康公の分国となってから、このように成ったのである。

この両国は大久保石見守(長安)が拝領していたが、ただし金山については代官として携わっていた。
銀は幕府に先のように納め、毎年石見守は、三月には佐渡に下り、八月には伏見に上り、九月十月は
石見国に下り、金山を相改め、銀をいよいよ多分に納めた。

当代記

大久保長安は忙しかったんですね



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    大久保長安はスペインの鉱山開発方法(アマルガム)を熟知していたんだっけ。
    なので産出量が多かったのかな。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    忙しくてできる人だったのに子孫が逆恨みされるとは。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    日本に必要だったのはこの人だったんだけどな~

  4. 人間七七四年 | URL | -

    長安さん大変だなぁ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    長安は多くの妾を抱えてて、
    確か妾に一人1億円あげると約束してたのに、
    本人が亡くなった後に、その約束を子供が反故にしたから、不正蓄財が発覚したんだったけ。

    “逃げ弾正”という戦上手の呼び方があるように、
    喧嘩は、仲直りが上手い人が喧嘩は上手い。
    色事は、別れ方が上手い人が色事は上手い。

    つまり息子は、色事が下手だったんだろうね。

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