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週刊ブログ拍手ランキング【07/30~08/05】

2020年08月05日 16:11

07/30~08/05のブログ拍手ランキングです!


これはイギリスという島の船で 11

三人目は事の外きらひ申事の由 10

但し、江戸右大将秀忠公は 7
毎年石見守は 7
慶長元年の災害 7

さかりなる 都の花は散りはてて 6
この蘭奢待というものは 4


今週の1位はこちら!これはイギリスという島の船でです!
慶長五年に現れたイギリス船に対する徳川家康の対応です。この時カトリック側からは処分の要請が強くあったようなのですが、
この時の首脳陣はそれを排しています。ヨーロッパ勢力が新教、旧教に別れて対立しているという情報を、既に得ていたものと
考えられます。この対応は、日本側がキリスト教勢力の抗争に対してどちらにも味方しないことを表明したと考えるべき
なのでしょう。また新教勢力に対し、日本に渡航しても問題なく交易が出来るということを伝えたのでしょうね。
これは無論、カトリック勢力に対する牽制になることを考えた上での措置なのでしょう。
この時代の、ヨーロッパ勢力も含めた「外交」を感じさせる内容だと思いました。

2位はこちら! 三人目は事の外きらひ申事の由です!
こちらは千姫の再婚についてのお話。大坂の陣後、戦姫の嫁いだ本多忠刻は美男として有名であり、また夫婦仲も
良かったらしく、その死後の再婚に、気の進まないものも有ったのでしょう。ただここで面白いのは、千姫だけでなく
前田利常の母である寿福院も反対していたという所なのでしょう。その反対理由が、千姫の前夫が二人ともに早死
したという事で、「三人目にされてはかなわん」とは、いかにも母親らしい反対理由かもしれません。
また一方で、寿福院は元々芳春院(まつ)の侍女であったのを、前田利家が手を付け利常を産んだことで、
この時には前田家の奥のトップにあったわけでして、利常を失えばその地位にも動揺があるとの心配もあったの
かも、なんてことも想像できそうです。しかしここでも、細川忠興、忠利父子の往復書簡は本当に有り難いですね。
この時代の出来事を立体的に見ることが出来ます。そんなことも感じた内容でした。

今週管理人お気になった記事はこちら!慶長元年の災害です!
日本は古来より災害の多い国ではありますが、この慶長元年は、慶長伏見地震を始め、多くの災害が列島を襲った
年でもありました。そのような中でも秀吉の唐入りは継続していたわけですから、国内の疲弊は想像を絶するものだった
かと思われます。豊臣政権の崩壊した理由は、現在でも様々に言われますが、こう言った状況を見ると、やはり秀吉の
統治下に於いて国内の疲弊が極まったという事が、大きな理由に成るのではないかと思います。端的に言えば、秀吉の
野望に世の中が付き合いきれなく成った、という所でしょうか。
それ以外にも色々なことを考えさせる。そんな記事であるとも思いました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます。
また気になった逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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