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週刊ブログ拍手ランキング【08/27~09/02】

2020年09月02日 18:36

08/27~09/02のブログ拍手ランキングです!


『多聞院日記』より、本能寺前後の話 23

琉球人の江戸入り 14

見聞談叢より斎藤内蔵之助の最後 11
有馬直純と栄寿院の婚姻 8
安南国からの進物 8

秀頼と家康の二条城会見について 5
島津龍伯の弟 5
『当代記』より、岡本大八事件について 2


今週の1位はこちら!『多聞院日記』より、本能寺前後の話です!
『多聞院日記』といえば、奈良興福寺の塔頭・多聞院にて、文明10年(1478)からおよそ140年間記録された、
史料としても非常に貴重な日記ですね。本能寺のような大事件についての記載も、当時の混乱し緊迫した空気が感じられる
記載で、非常に興味深い内容です。筒井順慶の動向がに詳しいあたりは、いかにも奈良の記録だと感じますね。
当時、日記というものは基本的に、前例を確認する資料としての性格が強かったと言われます。間違った情報に対して
修正が加えられているのも、それを間違えたまま「前例」とすると後々困る、という意識が有ったのでしょう。
多聞院日記は、基本的には日々の業務日誌という感が強く、実際にはここにあるような、刺激的な記事は多くは無いのですが、
当時の人達の有り様、考え方なども垣間見える、面白い史料だと思います。
国立国会図書館デジタルコレクションで翻刻版を読むことが出来るので、興味のある方は是非、覗いてみる事を
オススメします
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?viewRestrictedList=0&detailSearchTypeNo=A&publisher=%2F%22%E4%B8%89%E6%95%99%E6%9B%B8%E9%99%A2%22%2F&biblevelSearch=1&title=%2F%22%E5%A4%9A%E8%81%9E%E9%99%A2%E6%97%A5%E8%A8%98%22%2F&materialTypeList=0%7C1%7C2%7C4%7C5%7C6%7C7%7C8%7C16%7C9%7C19%7C18%7C17%7CI

2位はこちら!琉球人の江戸入りです!
これは慶長十五年に琉球王が江戸入りした折の、その使節の人々につての反応ですね。
江戸の人々が琉球の人たちに、その文化や宗教に至るまで強い関心を持っていたことも伺えます。
この時期だと三味線も、珍しいものだったのですね。また琉球使節の「小姓」に興味が向いているのも、
いかにもこの時代だなと感じます。一種のアイドル的な感じ取り方もあったかもしれません。
また琉球の言葉も、基本的に日本語と同じものだと認識されているのも興味深いですね。
方言の一種であると捉えていた感じがします。
一種の異文化交流の記録でもありますが、様々に興味深い内容だと思いました。

今週管理人が気になった逸話はこちら!見聞談叢より斎藤内蔵之助の最後です!
一説には本能寺の変の原因、さらには首謀者ともされる斎藤利三。その死に様も、なんとも壮絶なものとなっていますね。
秀吉に対する弁明もまた剛毅な内容で、非常に立派な武士と感じさせます。
事実としてこうだったかは解りませんが、少なくとも世間に、こう言った印象が持たれていた事の現れでも
あるのでしょう。
斎藤利三という人物は早くから評価の高い人物であったらしく、美濃斎藤氏の元に有った頃は、どうも畿内の三好家との
外交を担当していたようです。後に信長、光秀の四国政策に関わるようになるのも、そういった、三好を通じた四国人脈の
故なのかも知れません。
ここでは利三は、光秀の信長への反逆を強く諌めた、となっていますが、仮に本能寺の原因、遠因が四国政策の転換という
説を取ると、その政策に深く関わっていた斎藤利三に、変への関与が無かったほうが不自然、という気持ちにもなります。
そんな事をつらつらと考えた内容でも有りました。


今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
またいになった逸話はありましたら、そこの拍手ボタンをぜひ押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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