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戦国期の葬式について

2020年10月07日 17:32

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/10/07(水) 12:14:31.09 ID:T5zb3vVE
日本人は子孫に名誉をのこさんとすることを熱望するが故に、彼らが非常に大切とし、幸福の大部分が
これに懸かっているとしているのが、死後の儀式(葬式)が整備され、盛大な事である。
この事は都の市において行われている葬式の次第によって容易に理解することが出来る。

死者を墓所に送る一時間前に、友人及び知人多数が、最良の衣服を着て、墓所へと行ってこれを待つ。
次に死者の親戚、知友の婦人が同所に行く。身分があり裕福な者は、甚だ美麗なる形の輿に乗り、
白絹の衣服を着す。その形は寝衣に似ている。
彼女らは頭に、薄絹に様々な絵を画いたものを被る。白きものもあるが通常はこれを用いない。
これらの婦人は各々、その分に応じて多数の婦人を伴う。皆タフエタの如き白絹の衣服を着す。

彼女らが通過した後、多数の男子が、所持しているものから最も良い衣服を着して行進する。
これらの男子は、老人でなければ武士である。

彼らの長い行進が通過した後、一人の坊主が来る、即ちこの国の司祭にして、絹および錦の衣を着け、
この着衣は光輝を発する。(導師の事)
彼は甚だ大きく、また高い美麗なる輿に乗り、頭および髭を剃り、二、三十人の坊主を同伴する。
これらの坊主も皆剃髪し、絹の衣を着て、シャツに似て甚だ薄く、また白い頭巾を被り、黒く、また短く
脚の半ばに至る法服を着す。

輿に乗って先に進む坊主は、インドー(引導)と称する、墓穴における祈りを成す者である。
引導とは、その天国に至る道を示すことである。
次に鼠色の服を着た者が、松を割って作った、長さが鑓に等しい松明に火を点じたものを負って来る。
この墓穴に至るまで死者の魂を照らし、迷うことが無いようにする為である。

次に百人、又は二百人の剃髪した坊主達が来て、大いなる鉢を鐘のように鳴らしつつ、死者の尊崇していた
サント(神仏)の名を唱えて穴に至る。次に二人が、紙にて作った、鐘の形の大いなる籠を鑓の柄に載せ、
これに色紙の薔薇の形のものを多く入れ、鑓の柄を振って紙を少しずつ外に出し、風によって飛ばせる。
紙は各種の色があり、薔薇に似ているが、既に天国に入った証拠として薔薇を降下させるのだと言い、
極めてゆっくりと進む。(紙の蓮華を散ずるもので、これを散花と言う)

次に八人の坊主が、一方に四人ずつ行進する。彼らは十七歳の青年であり、良き衣服を着ているが、
手には細長い棒を持っている。棒の端に薄い布で作った長い小旗があり(法幡)、先端は地面に達し
幅は二バルモにして、上から下まで、死者の尊崇した悪魔の名が記してある。

提灯八個、又は十個がこれに従う。提灯の側面には薄い布で包み、偶像の名を書き記し、中には蝋燭を
点じている。

次に二人の少年、鼠色の衣を着して並び進む。この色は悲哀を表すものである。彼らは長さ一コバドの
松明を携えるが、これには点火しない。これは墓所に於いて死者の体に火を付ける為のものである。

次に鼠色の衣服を着て、甚だ小さい三角の帽子を被った者多数が歩行する。この帽子は名誉の標にして、
頭の上に載せ顎の下で結ぶ。革で作られており、黒く塗って光沢が有る。エブシ(烏帽子)と称する。
彼らは頭に、死者の尊崇した偶像の名を紙に書いたものを付ける。

この次に長さ一コバド幅一パルモの板に金を塗り、金文字を以て両面に偶像の名を書いた、甚だ薄い、
白のベールを掛けたものを携えた人が歩行する(喪主であろう)。

次に甚だ美麗な輿を引く者四人が行進する。輿の中には、死者が頭を膝に載せ、祈祷を成す者のように
合掌し、頭は地に傾け不幸なる魂の葬られる所を眺め、純潔の標として白服を着け、この服の上に
紙衣を着す。これは偶像が書き残した書物を認めたもので、その功徳により救いを受けるのだと信じている。

次に子息達が、甚だ美麗な衣服を着て歩行し、最も年少の者は松明を携える。その父を焼くべき穴に火を
付けるためである。その背後より、多数の男子が塗装した黒革の小さい帽子を被り、尊崇する悪魔の名を
頭に付けて行進する。定まった場所に到着すると、坊主たちは、その場に集った人々とともに、大声で
偶像の名を唱え、鐘、および鉢を鳴らして約一時間に及ぶ儀式を行う。

『一五六五年二月二十日附、パードレ・ルイス・フロイス書翰』(日本耶蘇会通信

戦国期の葬式について



619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/10/07(水) 20:14:03.47 ID:KpYy8XVN
パードレがウキウキで書いてるのが分かる
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    本当にフロイスが筆まめなおかげでこういうことも残ってるんだからありがたい

  2. 人間七七四年 | URL | -

    火葬でも焼いて骨壺に入れるんじゃなくて墓穴で焼いてたのか?
    荘厳でロマンチックな風景描写から急に『悪魔』って言葉が出てきて笑う。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    坊さんが100〜200人以上ってかなり身分の高い人の葬式に思えるんだが。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    1565年2月から、49日前くらいまでで偉い人が京都で亡くなったって記事は
    とりあえず見た感じでは見当たらなかった。


    ん、なんとなく四十九日の葬礼だと思い込んでいた
    初七日の方か、この葬祭

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3,4
    確かにこれ程の葬儀営むのは、高貴な人じゃないと無いだろうね。
    でこれはフロイスがイエズス会本部に宛てて送った報告書で、その見た葬儀は前年の可能性も有るかなと思って調べたら、三好長慶が該当するけど長慶盛大な葬儀していない(密葬)様で、だとすると誰なんだろうなあ?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    貴人だったらそう書くと思うから、豪農か豪商か、庶民の富豪が葬式に大金だしてるから書いたんじゃなかろうか。

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