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又(日本には)、生きながら葬る方法がある

2020年10月09日 16:19

403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/10/09(金) 00:25:35.05 ID:eFHnGJal
又(日本には)、生きながら葬る方法がある。甚だ信仰深くして、阿弥陀の栄光に入らんと欲する者が
これを行うのを常とする。イルマン・ルイス・ダルメイダ及び私が本年、都に向かっていた時、
伊予と称する国の内。豊後より四十レグワの町、堀江と称する所に着いた時。我々の到着の六、七日前、
悪魔の如き犠牲を捧げたことを聞いた。

その方法は次の如くであり、当地方に於いては常に行われることである。
六人の男子と二人の婦人が一団となり、数日前より町を巡って喜捨を求め、これを集めた後、
友人、及び親類に別れを告げて、

「彼らの期待する阿弥陀の栄光に入ることを長く猶予することは出来ない、速やかに行ってこれを求めんとす。」

と云い、甚だ良き服を着て、喜捨の金を袖に入れ、多数の人に送られて海岸に至り、一艘の新造船に乗り、
頸、腕、腰、脚、および足に大きな石を結び、再び海岸の諸人に別れを告げると、これら諸人は多く
涙を流して涕泣し、その幸福に入ることを心中大いに羨望する様子を見せた。

彼らは海上に漕ぎ出て、親類、友人は船に乗ってこれに従い、再び彼らと決別する。
海岸を離れて、小銃の着弾距離の三、四倍の所にて、一人ずつ深き海、寧ろ地獄に投身する。
追随する人々は、直ぐに乗る人の居なく成った船に火を付ける。これに乗って航海する価値有る者が
無い為である。

その海岸に接して、記念の小堂を建て、小さな棒に紙の小旗を付けて屋上に立て、各人の為に一本の柱を建てる。
これの多くの文字を記し、小松を植え、堂内にはサント(神仏)を賛美する詩歌にて満ち、多数の人が
毎夜家を出て、この悪魔の殉教者八人の為に建てたこの堂に赴き、この地の住民は毎日行ってこれを拝するのを
常とする。

イルマン・ルイス・ダルメイダ、及び私が、この町に住むキリシタンの武士の娘に洗礼を授けるためその家に
赴こうとし、この堂を通過した時、四、五人の老女が殉教者に祈るために堂に来ており、その手に数珠を持ち
内より出たが、我々が頭を下げて敬意を表さないのを見て、或いは我等の無知を笑い、或いは聖徒を軽蔑し
侮蔑したことを責めるように、恐ろしい顔をした。

海に投じた者の中に、手に長い鎌を携えた者があった。これは通路を防ぐ密林の木を切るためなのだという。
また、自ら海に投ぜず、船に大きな孔を作り、栓をして、海上でこれを抜いて船とともに海底に沈むことも有る。

『一五六五年二月二十日附、パードレ・ルイス・フロイス書翰』(日本耶蘇会通信



404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/10/09(金) 00:47:19.45 ID:dtEnwOKt
補陀落渡海かと思ったけど
補陀落だと観音菩薩の治める南方の浄土を目指すから
阿弥陀の治める西方浄土に向かう場合は使っていいのだろうか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    おめーらカソリックの国にも有るじゃねーか


    魔 女 裁 判

  2. 人間七七四年 | URL | -

    自分から死に向かうのと殺されるのは全然違うと思うが。
    戦国の世だから行われたことなのか、伝統的な入水なのか…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    平安時代から行われてるんだな
    江戸時代には死者を船に乗せる様になっていった辺り、お上に禁じられたか住みやすい時代になっていったのか
    あるいはその両方か

  4. 人間七七四年 | URL | -

    本スレの※と同じく補陀落渡海と勘違いした。
    案外知られていない風習ではなかろうか。何宗だろう。
    あっちこっちで時々こんなのが行われてたくらいだから、人柱なんて結構ハードル低かったんだろうな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    *2
    被死者が自発的かどうかとかは置いて、信仰や迷信により他者より与えられる死

    と言う意味では似ているかなと個人的に思っただけなのであまり気にしないでください。
    即身仏や入定にも中には無理矢理と言うのも有ると何かの資料で見たけど、そう言う場合や人柱みたいなのが近いかな?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    >何宗だろう。
    阿弥陀信仰だから浄土宗系ではあるよな
    集団ヒステリーっぽい描写があるから時宗かな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    同じこと思った。
    恍惚系っぽい。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    平成狸合戦ぽんぽこのあれかぁ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    普通に補陀落渡海だと思ったら違うのか
    と思ってwiki見たら、フロイスの記述を補陀落渡海に関するものとみなしてるね。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    何ですの?これ

  11. 人間七七四年 | URL | -

    紀伊の補陀洛山寺は天台宗のようだ。
    元々インドから流れ着いた着いたお上人が開山。境内の脇の方に立派な渡海船が飾られている。これは熊野灘に沈むのを自然に任せたと云う。他に那珂湊、足摺岬、室戸岬から出たとwikiには書いてあるけど、行ったことがあるのが、この補陀洛山寺だけなので、よくわからない。坂東眞砂子が四国の補陀落渡海について小説を書いてたが、内容は忘れてしまった。
    フロイスはどこで遭遇したのかな。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    イルマン・ルイス・ダルメイダ及び私が本年、都に向かっていた時、
    伊予と称する国の内。豊後より四十レグワの町、堀江と称する所に着いた時。


    とあるので愛媛県松山市の堀江町辺りかと。ちょうど港のある地域でもある。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    なんだか平家の最後染みた物を感じるん

  14.   | URL | -

    紀伊や土佐の足摺→どっちかというと面しているのは南寄りだから南の補陀落を目指す
    伊予→面しているのは西寄りだから西方浄土を目指す
    ってことだったり

  15. 人間七七四年 | URL | HuBhO90w

    補陀落は「南」? それって何か典拠あるのか?

  16. 人間七七四年 | URL | -

    Wikipediaから

    仏教では西方の阿弥陀浄土と同様、南方にも浄土があるとされ、補陀落(補陀洛、普陀落、普陀洛とも書く)と呼ばれた。その原語は、チベット・ラサのポタラ宮の名の由来に共通する、古代サンスクリット語の「ポータラカ」である。補陀落は華厳経によれば、観自在菩薩(観音菩薩)の浄土である。

    浄土信仰が民間でも盛んとなった平安後期から、民衆を浄土へ先導するためとして渡海が多く行われるようになった。渡海は概ね黒潮が洗う本州の南岸地域で行われた。特に南紀・熊野一帯は、それより以前から密教の聖地、さらに遡って記紀の神話も伝わる重層的な信仰の場である。『日本書紀』神代巻上で「少彦名命、行きて熊野の御碕に至りて、遂に常世郷に適(いでま)しぬ」という他界との繋がりがみえる。

    参考文献
    根井浄『補陀落渡海史』
    川村湊『補陀落―観音信仰への旅』
    神野富一『補陀洛信仰の研究』

    この辺読めば解るかも?

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ところで堀江町から西へ漕ぎだすと西方浄土ではなく興居島に到着する気がするのだが

  18. 人間七七四年 | URL | -

    心配するな

    >海岸を離れて、小銃の着弾距離の三、四倍の所にて、一人ずつ深き海、寧ろ地獄に投身する。

    後は慣性で魂が浄土まで運ばれる(適当)

    でもこれ、信心から来てる行為には違いないんだけど、ていのいい口減らしみたいな気がするのは気のせいか?穿ち過ぎか

  19. 人間七七四年 | URL | -

    NHKFMのラジオドラマの補陀落渡海の話は中々キツい話だった。人柱の話とワンセットだし。
    もちろん実在の話とは違うんだろうが、そのドラマでは補陀落渡海を宣言すると貴族やら金持ちから多額の寄付が貰えるから、それで自分の村を救う為にやるって話だった。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※19
    史実かどうか兎も角ありそうな話。となると無理やり仕立てられることもあったろう。人身御供系の話になるが実態はどうだろう。清水寺からは大勢自分で飛び降りてるし、色々混在していた可能性もないとは言えない。紀伊の方は自らの意志でとご説明頂いた。

    人柱の方は各地に結構伝承が残っていて、無理に攫われたり籖引きだったり、子どもの出世のために母親が自らってのもあったな。江戸城のはよくわからないけど。伝承が少ないのは、どう解釈できるものか。

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