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週刊ブログ拍手ランキング【11/05~/11】

2020年11月11日 16:26

11/05~/11のブログ拍手ランキングです!


それ以降、斎藤内蔵助の異見の如く 14

志賀の陣の様相 12

「相馬利胤と競馬」 11
朝山日乗について 5

彼は昨日、法華宗の坊主の一人を訪問した、 4
即時都よりパードレを追放するを可とする 4
足利義昭への謁見 4


今週の1位はこちら! それ以降、斎藤内蔵助の異見の如くです!
斎藤利三が、若き日の蒲生氏郷に、軍事についての助言をしていたというお話ですね。
利三の「弓矢修行」というのは、、コメントなどの指摘にもあるように、弓だけではく、武士が為すべき軍事技術、知識全般の
事ですね。斎藤利三という人は、どうもかなり早くから、その武勇や才能を評価されていたようで、美濃斎藤氏配下の時代から、
対三好氏の使者を勤めるなど、わりと重く用いられています。そういった人物から、武道について教えてもらえる環境にあった
蒲生氏郷は、やはり運も良かったとも言えるのでしょう。本人は当初、あまり本気で学んではいなかったようですがw
彼の教えた内容も、二枚腰三枚腰の実戦的なもので、ある意味、「武功のコツ」とも言えるものですね。
全軍を統率する大将でもなく、一騎駆の武者でもなく、ある程度の人数を率いる部隊長レベルでの合戦での在り方を
彷彿とさせる、そんなお話だと思いました。

2位はこちら!志賀の陣の様相です!
志賀の陣というのは信長、或いは義昭・信長政権が最も追い詰められた戦いと言ってよく、和睦の際の、三河物語に
書かれた「天下は朝倉殿(義景)持ち給え。我は二度と望みなし」との言葉は有名ですね。
これが実際にあったかはともかく、周囲からは、この時の信長はそのように見られた、との事なのでしょう。
実際この和睦では信長は主体的には動けず、足利義昭が奔走し、朝倉に対して人質まで出しています。
当時の義昭・信長政権にとって、本当にギリギリまで追い詰められていたと言えそうですが、この記事を見ると、
比叡山では非常に過酷な対陣が行われ、また義昭・信長政権がかろうじて治安を維持しているのが京市中のみ、という
空気も伝わってきます。この時期の有り様が、よく出ている内容だと思いました。

今週管理人が気になった逸話はこちら!「相馬利胤と競馬」です!
相馬利胤が改易の危機を脱したお話ですが、内容的にはは色々と興味深いですね。家康が相馬家に対して冷淡な一方、
重臣である本多忠勝や本多正信が同情的になっていますが、実際相馬利胤は、旧椽のあった島田重次を通して、本多正信を
紹介され、免責を求めたと言われます。ここに忠勝が入ってきたのは、馬が登場する以上、武勇で知られる忠勝が出てきた
方がふさわしいと考えられたのか、或いはこの逸話が成立した頃の、相馬家の何らかの政治環境が反映しているのか、
そのあたり調べてみても、面白いかも知れません。
それにしても競い馬で決着を付けるというのは、やはり相馬氏の伝統や誇りを感じさせる内容ですね。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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