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こうしなければ、信長は私を生かさない

2020年11月21日 15:30

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/11/21(土) 13:24:14.64 ID:h/eHLwQj
松永霜台(久秀)籠城の時、信長はその討ち手として太閤(秀吉)を遣わした。
秀吉は箇条書きを以て信長に注進した。その内容は

『某日、二之丸を破る、某日、本丸を破る、某日、霜台の首を取る。』

と、今後の予定が著されていた。
右筆が「これは如何なものでしょか」と云うと、秀吉は

「こうしなければ、信長は私を生かさない。もしこの通りに成らなければ死ぬ。」と云った。
そしてその期日通りに、無理に討ち破り、首を筺に入れて信長に報じた。
これを見て信長は云った

「これは偽である。霜台は首になっても、我が前に出てくる者に非ず。筑前は機知にて
この事を為したのだろう。」

筺を開くと果たしてその通りであった。
霜台は遂に降伏せず、鉄砲の薬に火をかけ、自ら焚死した。

老人雑話



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉は本当に信長の扱い心得てるな。。
    主君が違っても対応変えて出世できたのか、相性の問題なのか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉も北陸戦線の無断撤退後だから必死だわな
    しかし信長様はお優しい事、普通はどんなに有能でも無断撤退は頚刎ねているやろ
    この手紙も有ったかどうか疑わしいが大言壮語を許しているし

  3. 名無しさん | URL | -

    ボンバーマン説の初出ってこれだっけ?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    天守に放火して自害したこと自体は当時の記録にもある
    爆死した扱いはいつからかわからん

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※1

    最初の仕官先が今川家じゃなかったか。水があわなかったか

  6. 名無しさん | URL | -

    仕えていたのは今川の家臣の松下氏だね
    遠州錯乱は生き残ったが、武田と徳川の戦争の時に領地を失って秀吉に仕えている
    後に秀吉は大名にまで取り立てているから仲良かったんじゃないかな

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