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本阿弥家と家康のつながり

2020年12月14日 17:32

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/12/14(月) 16:38:26.61 ID:oxFqGjix
本阿弥光二が次郎左衛門と名乗っていた頃、権現様(徳川家康)は駿府の今川義元の元に有り、
竹千代様と申されていた。その頃、光二は竹千代様の道具の御用を勤めており、朝夕に御膳を
召し上がる時には、いつも御相伴を仰せつかっていた。

ある時、竹千代様に義元より御脇差を下される事があり、その刀身について光二が仕った。
彼は駿州島田國房に二腰打たせ、出来の宜しい方を御差上げた。残った一腰は、義元より光二に
下された。これは現在も本阿弥家が所有している。

後に権現様が駿府を領有された頃、本阿弥のことを浅からず思し召され、光二の筋目をお尋ねになられ、
本阿弥光悦の倅である光瑳を、別して懇意にされた。
その頃、上様の所持する刀には、本阿弥の差料もあり、上意には光瑳の金剛兵衛の刀が、ひときわ
よく切れると申されていた。
そして家臣への御褒美の時、この刀は松平右衛門太夫殿(松平正綱)に下され、首尾よく御服も拝領
したという。

(本阿弥次郎左衛門家伝)

本阿弥家と家康のつながりについて。本阿弥光二は実際に駿河の今川家に出入りしていたようですね。



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