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週刊ブログ拍手ランキング【12/10~/16】

2020年12月16日 17:27

12/10~/16のブログ拍手ランキングです!


【柳川・立花家史料館への支援について】 22

髪結職分は「一銭職」と唱えるべし 10
慶世村恒任『宮古史伝』より、 桃太郎の鬼退治のお話 10

本阿弥家と家康のつながり 9
真田一人の出丸のように 9

勘文を書き換えて、『吉也』とせよ 6
大阪方の石火矢 6
ミイラについて 5
但馬入道が、有馬に入湯した時 3


今週の1位はこちら!【柳川・立花家史料館への支援について】でした
記事の中にも書きましたが、様々な史料が一括して保存されていることは、それだけでも意味のあることです。
史料の保存、継承というものが、多くの人々の様々な努力に依って成されてきたものであるという事が、今の
情勢の中で、改めてはっきりと、認識できたように思います。

今回のクラウドファウンディングは、喜ばしいことに当初、そしてネクストゴールも目標を達成されたとの事で
「歴史」というものに興味を持ち、それを守ろうとする多くの人たちの熱心な気持ちを感じ、心強く思いました。
僕も本当に微力ながら、参加できてよかったと思っています。

昨今の情勢の中、人を呼ぶ、集めると言った形態の業種は、何であっても非常に厳しい環境に有ります。
立花家史料館さんの方でも、引き続きの支援を呼びかけられております。
無論、立花家史料館さんだけの問題ではありませんが、事態が落ち着くまでは、一人の歴史好きとして、
今後も何らかの手助けが出来ればと思っております。
これを読んで、ご興味、ご関心を持たれた方は、本当に良かったら、↓のリンクより、ご協力をお願いいたします

散逸の危機から立花家の重宝を守る|柳川・立花家史料館にご支援を
https://readyfor.jp/projects/tachibanamuseum


2位はこちら!髪結職分は「一銭職」と唱えるべしです!
このお話は、享保年間(1716‐36)に髪結の組合である髪結仲間が幕府に提出した文書のようで、その頃実際に、
髪結は「一銭職」と呼ばれていたようです。道端などで、一銭で月代やひげ剃りをしたことから、そう呼ばれた
ようですね。「一銭剃り」とも云われたようです。当時としても安く、庶民にとっても非常に身近な業種であったのでしょう。

内容はまあ、ある意味典型的な「神君御由緒譚」であり、江戸期は多くの職業で、その由緒を徳川家康との繋がりに
求めていました。江戸期の、家康の存在感の大きさ、また家康の名前を出しておけば、幕府もうかつに介入できない、
という実利面など、色々と想像ができます。髪結業にしても、そうだったのですね。
面白いのは、家康が髪結に対し、移動の自由を認めたとしている部分でしょう。当時の髪結は、基本的に固定した
店舗を構えたものではなく、顧客の家を訪問したり、また道端などに仮屋をかまえて営業したとされます。
である以上、移動の自由は職業上の生命線でも有り、だからこそその由緒を、江戸期の最高の権威である家康に求めた、
ということでも有るのでしょう。
そういった事を考える面でも、面白い内容だと思いました。

今週は同票でもう一つ!慶世村恒任『宮古史伝』より、 桃太郎の鬼退治のお話です!
「桃太郎」の成立は、室町末期から江戸初期頃とされ、様々な地域に伝播したことでも有名です。
このお話も、おそらくは沖縄に伝播したものが、地元の話(与那国征服譚)と交わり定着したと考えてよいのでしょう。
「鬼虎の娘」が騙されて連れられ水くみとされ、悲観して世を去るなど、何らかの史実が混入したのかと考えられるような、
少々生々しい伝承も入り込んでいて、沖縄における自分たちの「歴史」の受容についても、色々と考えることの出来る
内容だと思います。
こういった伝承、伝説から、改めて地域の歴史を調べ直してみたくなるような、そんな内容だと思いました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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