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Wikipediaの津田秀政の項目一部抜粋

2021年02月10日 18:25

928 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/10(水) 00:35:27.60 ID:dCK4U9vQ
Wikipediaの津田秀政の項目一部抜粋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E7%94%B0%E7%A7%80%E6%94%BF


慶長3年(1598年)の秀吉死後は徳川家康に仕え、慶長5年(1600年)、家康に従い会津征伐、関ヶ原の戦いで功を挙げ、3,000石を
与えられて計4,010石余の大身旗本となった[1]。この時、名物唐物茶入の「安国寺肩衝(あんこくじかたつき)」を拝領したが、後に細川忠興に持ち去られた。
細川忠興に持ち去られた「安国寺肩衝」(現:五島美術館蔵)は、寛永3年(1626
年)の旱魃の際に細川忠利から金1,800枚で庄内藩主・酒井忠勝に売却され、領民救済の資金となったと伝わる。

参考
細川忠興と『有明の茶入』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    経緯について何のフォローもなく淡々と持ち去られた安国寺肩衝がシュール
    売って貧民救済に充てたとかいい話風にしてんじゃねえ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    政宗「おめー良い茶入持ってるらしいじゃねーか、ちょっと見せてみろ!見るだけだよw見るだけw …ってもう先に盗られたのかよ!?!?」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    「先っちょだけ」みたいな口回しw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    >ってもう先に盗られたのかよ
    あったら盗る気なんじゃねーかw

  5. 人間七七四年 | URL | -

    やっぱり細川忠興ってろくでなしじゃね?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    たしか持ち去った翌日に津田秀政に金200枚を払って納得してもらっている。
    28年後に金1800枚で売却できたから、投資としてはまあよかったのかな。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    管理人さんへ

    安国寺肩衝が持ち去られた経緯の逸話を関連リンクで貼ってはどうでしょうか?

    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2694.html

    この逸話大好きなのでw

  8. まとめ管理人 | URL | -

    ※7
    ご指摘ありがとうございます。入れておきました!

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※7の記事を読んだら、あまりの酷さに顎が外れそうになった。
    調べたら、茶道具屋さんのブログに異説を発見。三斎自身が歌を詠んで持ち去ったと、雅な逸話になっていた。
    しかも詫びに津田秀政に寺まで建立したと。善人ぶりを発揮。
    逸話のベクトルがてんでんバラバラに派生してるのが面白い。
    ttps://ameblo.jp/shoundo/entry-12054869691.html
    で、津田秀政から取った人質って誰だったんでしょう。

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