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権現様が上総殿になされたことを御覧になっているので

2021年02月12日 17:45

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/12(金) 00:57:21.20 ID:GC8RmT/X
権現様が上総殿になされたことを御覧になっているので

細川忠興が徳川家光の弟・忠長の乱行と処分について述べた条を抜粋して意訳。

一、駿河大納言殿(忠長)はこのごろ御手討ちが重くなり、小浜民部(光隆)の子を御成敗し、その後
  御伽の坊主も御成敗したとのことです。きっと並大抵でない曲事があったのかもしれませんが
  民部は西国の船頭に仰せ付けられているのに、あまりにひどいことです。これ以前に御年寄衆から
  固く意見を申されて(手討ちを)しない約束をしたのに、こんなことになっています。その上
  切った者を(切ったことを覚えておらず)次の日に呼ぶこともあるらしく、言語に絶します。
  この分だと一白殿(松平忠直)のような御身上になるのではないかと上下で取り沙汰されているので
  相国殿(秀忠)は何とも御沙汰をしにくいのではないかと思います。しかしながら、権現様が
  上総殿(松平忠輝)になされたこと(対面禁止処分)を御覧になっているので、不安です。
  他の例は置いておいて、(きちんと)罰せられるようにと思います。

――『細川家史料 細川忠興文書 八六四号』

忠興の危惧した通り、秀忠が生きている間は重い処分が下ることはなかった。



555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/12(金) 14:53:28.33 ID:7LaluMsR
忠興にここまで言われるって狂うにも程があるだろ

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/12(金) 17:41:28.60 ID:RJrUUo6C
秀忠も家老の朝倉宣正の力不足ということで一件落着させようとしたが
忠長が宣正は無関係って訴え出たということで本人の蟄居処分だからなぁ

単なる発狂と切って捨てるには色々事情がありそうだったりする
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    三歳さんも晩年落ち着いてたとは思うけどここまで言われるってどういうアレなんだろ
    龍造寺の狂い死にした最後の息子とかは本人が死んだからとりあえず収まったけど

  2. 人間七七四年 | URL | -

    忠輝は徳川宗家現当主(あれ?前当主だっけ?)から赦免されたけど、忠長はそのままだったでしょうか?
    主命で切腹させてない・させたの違いはあるけど

    そもそも徳川宗家が子孫断絶しそうなんで未来へ期待は無理かな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    忠興の手打ちがひどいって?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    真面目な話、庭師やキリシタン侍女を手打ちにするのと大身旗本の師弟を手打ちにするのは全く違うし

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ドラマの長七郎だと『長七郎君なるぞーっ』て控えさせてるけど
    改易された忠長系に控える必要あるのかな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    それ言い出したら、御三家とは言え、官位が下の中納言で副将軍は自称の隠居の人も従う必要無いかとw
    まあ真面目な話もしも忠長の家が存続していれば、駿河大納言家として御三家の一つになっていたかもしれませんね。
    官位は尾張紀伊と同格ですし、尾張紀伊は家康、駿河は秀忠の子になりますが、後の御三卿も田安一橋は吉宗、清水は家重の子になりますから、別におかしくはないかと。
    水戸は御三家より下、越前松平より上の扱いになっていたのでしょうかね?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    家光「わからないように辻斬りすりゃいいのに」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    意外だった。
    忠長は秀忠の正妻、信長の姪の江が産んだ血筋。母が後世にも判然としない諸説ある家光の脅威のため殺されたとばかり思っていた。記された狂気は、本当のものなのかなあ。
    高野山の奥の院で一番大きな供養塔が忠長が建立した母、江のもの。聳え立つ威容を放っている。忠長の思いの発露を感じる供養塔だ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    今の徳川宗家も会津松平家からの養子血統だし、未だに一大勢力の水戸徳川家から養子が入るでしょうね
    というか、今は水戸家と清水家以外の血筋って居ないか。久松は吉宗の養子血統だが姓が違うし

  10. 人間七七四年 | URL | -

    忠長は家光に詰め腹を切らされたって巷間に言われてるけど当時の記録だとその言動はかなりヤバい。
    個人的には城のお堀で鴨を撃ち落として秀忠に激怒された事が忠長の人格を歪ませたんじゃないかと思うわ。
    ある種寵愛されてきた男がある時家臣扱いされてしまえば…

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    その件叱責したのは家康じゃなかったっけ?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11の件調べたら秀忠だった。※10さん失礼しました。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも叱責されても止むを得ないと言うより、そんなことをすれば流石にヤバいだろうって事すら
    気付けない本人や周りの家臣達が、増長していると思われても仕方がないと感じる
    それを怒られたから歪むのなら、やっぱりそんな程度の存在だったのだと感じる
    例えその後に大名に列席しても、多分早々に問題起こしてお家取り潰しだったのでは?

  14. 人間七七四年 | URL | -

    家光上洛の時に「お兄ちゃんも足が濡れちゃいやだよね」って通行に便利なように大井川に橋掛けたりしてあげたり
    駿府藩主当初も将軍家尊重する態度は見せていただろう
    ただ、関東の防衛線を一藩主の分際で勝手に弱化させて(というよりも、そういう影響を想像できなくて)ご不興をかっただけで

    目上への好意というか尊敬の念の表明の仕方が人生経験上うまくいかなかった人で、
    それが高じて家臣を含めた人間に対しても接し方がわからなくなったんではないかね

  15. 人間七七四年 | URL | -

    なんていうかコミュ障というか、
    気は回るんだが考慮が足りない系なのよなぁ。
    ここらへんの歪みを直すことが出来ずに悲劇に繋がったのかもしれん。

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