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渡辺水庵翁は火燵が嫌いであったが

2021年02月19日 19:32

940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/19(金) 13:47:24.94 ID:AmlJjt7b
渡辺水庵翁(了)は火燵(こたつ)が嫌いであったが、年寄が火燵に当たらないのも
そっけないものであるとして、いかにも火を弱くして、常に寄り添っておられた。

寒き頃、客が来れば「先ず火燵へ寄り給え」と招いたが、老人とは言え彼は武功有る人であり、
たやすく近づくという人は少なかった。

しかしこのようでは物語も出来ないと、置火燵(熱源部分に囲炉裏の代わりに火鉢を用いたもの)を
出すと、客も心安く火にあたり、ゆるやかに四方山の物語をした。客多き時などは、さらに置火燵を
出したという。

今どきは、このような客あしらいをする人は稀である

備前老人物語



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    火燵って、どんな火燵よ。と思って調べたら、熱源が囲炉裏なだけで今と変わらなそうなものが室町時代からあったとあった。

    今でも他人様の家の火燵に足を突っ込むのは憚られるから、似たような感覚かな。行儀よくしたいと思うなら火鉢で手を炙った方が樣になる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    しかも「年寄りは炬燵にあたるもの」という観念が当時からあったとは

  3. 人間七七四年 | URL | -

    こういう人の機微を捉えた対応出来るのに、藤堂家ではなんでああだったのか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    鬼日向さんと同様に年をとって丸くなったのかも。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    おなじみ伊達政宗も、年取ってから健康法?として「炬燵は向こう側のふとんを開けておく」ってやってたようだし、
    「コタツは人をダメにする」って感覚は昔からあったのかなぁw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    佐竹義宣「父上、布団を」
    佐竹義重「暑いわあ!」

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