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先ず、茶湯の置合違たり!

2021年02月22日 19:09

谷衛友   
599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/22(月) 16:19:09.58 ID:fuLE/6ii
古田織部殿が茶湯宗匠の頃、彼が気に入っていた大工で、喜右衛門という者があった。
その頃茶湯を心がける人々は、織部を崇敬する余り、喜右衛門とも親密になった。
ある人が谷出羽守(衛友)殿を上客として、相伴衆二、三人の内に、かの大工・喜右衛門を
加えられた。

その朝に臨み、出羽守殿が入来あると、喜右衛門が路地に出迎え、「今朝の御相伴に、早々より
参り候」と申した所、出羽守殿は気色変わり、

「先ず、茶湯の置合違たり!」

と、立ち返ろうとしたのを、相伴の衆が色々に取り持ったため、異事は無かった。
その頃、この事については様々に批評された。

備前老人物語



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    谷って帝のお爺様なんだな
    現在の日本の皇室も谷の血を引いている

  2. 人間七七四年 | URL | -

    当時の身分制考えたら、大工が大名より先に到着していて(これ自体は悪くない)、
    大名が来たところでどかっとご相伴席についたまま、というのも大工自身の気持ちとして座りが悪いし

    上客が来たところに茶席の主人でもないのにご相伴衆が一人でが路地で出迎えてあいさつとかなんやねん、
    という話でもあり



  3. 人間七七四年 | URL | -

    喜右衛門つぁんが気の毒に。
    フランスの宮廷だと身分の高い者の方から低い者に話しかけるのが通常の礼儀で、逆は無礼ってのもあったな。
    何かピンと来なかったけど、※2氏の解説が分り易かったです。
    こちらは、お茶席の作法の話か。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    古田織部が親しくしていても、こんな下の者と同席なんてという、端から気分を害していたのもあろうな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    谷さんは清正との逸話のせいですぐキレる印象がある

  6. 人間七七四年 | URL | -

    元は堺の町人の出の千利休(出家して俗世の身分を絶った禅の茶を伝統を引く系統)の茶の湯なら、身分の上下なし、なので町人も職人も武人も茶席に同席しても不思議ではないが
    利休切腹後の織部宗匠の時代だと価値観が移行しつつあって混乱しているのだろうか


    ただ、そういうのも含めて身分の上下問わず客が不満を抱かず居心地よいように
    茶席の主人がもてなして然るべき、てのが、その後の作法重視ではない、当時の茶の道なんだろうか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    茶道の流派が別れて行った黎明期の躍動がある時期でもあるし、興味深いですね。

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