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およそ首帳は

2021年02月26日 18:48

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/26(金) 15:34:07.69 ID:PTbLLrIC
大阪冬の陣の時、大阪城中の千畳敷にて首帳が付けられたが、松浦彌左衛門が「今福表の一番首なり」として、
帳前に首を持参した。しかし帳付けの役人は「心得たり」としたが、帳に書き付けなかった。
松浦は重ねて「早く書きつけられよ!」と言ったが、帳付けは
「私はしっかり受け取った事、相違有りません。書き付けるでしょう。」
と言っている所に、堀田図書の組の、渡部清兵衛が首を取ってきて

「それがしが一番首であること疑いなし。松浦は馬であり、私は歩行であった。故に帳前に来ることの
遅速、このようになったのである。」

そう言うと、帳付けの人「心得たり。」と、二人ながら一番首に記した。

およそ首帳は、二番首を見ぬうちは付けないものであるとの古説があるという。

備前老人物語



944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/26(金) 17:18:03.14 ID:MmFIGxLy
>>943
何となく屁理屈にも聞こえる


945 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/02/26(金) 21:29:20.69 ID:RC+O8SPs
毛利家でも首帳の話あったなぁ。こちらは手負の苛立った武将に首帳役がどつかれて流血沙汰になってるけど。
よくよく考えたら合戦中に自分の武功を申告に行くって非効率な気もするけど、休憩も兼ねてたんだろうか?

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4944.html

946 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/02/26(金) 21:34:37.80 ID:w26FOHiy
『武将感状記』
白井甚右衛門首帖を記す事

・首を取ったことは書き付けたけど一番首だとは書付けなかった
・遅れてやってきた浅部清兵衛と比較吟味の上、松浦の方は二番首と書き付けた
・松浦に直接「これが作法です」って伝えてる

武将感状記までに分かり易く脚色されてる可能性もあるけど
妥当な処理の仕方だったんでないかな
おなじ『武将感状記』に
「首取ったからといって本陣に戻って来ずに前線で戦い続けろや」
と怒る柿崎景家を褒めてる記事があるのはご愛嬌

947 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/02/26(金) 21:55:54.83 ID:SW/2Jl+I
>>946
時代
戦況
兵の立場の違い(大坂は戦功誇示に逸る牢人が多い?)

とか時代による考えの差や戦の規模の違いも
あるんだろうけど、査定する側の第一印象や忖度も少なからず有ったのではないかと思う今日この頃
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ??「2番ではダメなんですか?」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵や水野勝成なら帳付けの首はねてそう

  3. 人間七七四年 | URL | -

    勝成さんはむしろ2番目に来て「俺の方が早かった」って言うタイプ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵なら首を刈り続けて戻って来ないんじゃないかな?

  5. 人間七七四年 | URL | ncVW9ZjY

    >よくよく考えたら合戦中に自分の武功を申告に行くって非効率な気もするけど、休憩も兼ねてたんだろうか?

    重たい首級持ったまま戦場ウロウロしてて
    名のある侍と見られて集団で囲まれて討ち取られるより
    さっさと手柄に換金した方が効率的だと思われるが
    関ヶ原で僅かな供を連れた島津義弘が怪しまれずに徳川本隊まで前進退却出来たのも
    こういう習慣があったからだろうし

  6. 人間七七四年 | URL | -

    宗滴「首とって報告してくる奴がいるから、本陣の方を前線に出せばええんやで」

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