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今も親しく語らい合う仲である

2021年03月04日 18:19

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/03/04(木) 14:22:47.53 ID:835zJEu+
長宗我部の家人に、廿牧勘解由という武功の人があった。この人が人に語ったことによると

「大阪八尾にて、藤堂殿と長宗我部殿が戦ったが、朝の合戦の時に私も似合いの高名などしたものの、
後の合戦に味方打ち負けて、私も鑓を引き退いた。
この時、和泉守殿の母衣頭に名村岩石見という武功の者、私を見かけ、「返して勝負をせよ!」と
罵った。しかし「駆け引きは時によるべし。おのれのくそを喰らえ!」と言って退いた。

その折ふし、私の妹婿である伊尾木権兵衛という者が、「影湯殿、私もここに居る。返し合わせて
勝負しましょう。」と言ったため、鑓の準備をして二人共に引き返した。

その時、敵である石見はどう思ったのか、または功者であったためだろうか、南の方にゆく落人があり
さしかかって勝負すると見えた。その落人は、何の何某と申したが、その名も忘れた。
彼は終にそこで討たれた。
私たちはほど近くに在ったので、助け合わせたいと思ったが、敵は大勢に見えたため退散した。」
と言った。

堀伊織という人、これも藤堂にて母衣を預かる人であるが、ある時私に
「其の方は、今はいかなる浪人衆と話すのか」
と尋ねられ、廿牧勘解由の事を言って、彼が物語した内容を語った所、横手を打って
「さてもその事は、石見がいつも語っていて、「私に糞を食わせて退きし者があった。」と言っていたが、
誠であったのだな。その人を呼ぶことなるまいか。」

そう言われたので、「やすき事なり。」と廿牧を呼びにやって、石見と伊織と、勘解由と私の四人にて、
かの時のことを語った。笑い話と成り、
「偽りが無ければ、互いに物語しあえるものである。」などと言って、酒など飲んで立ち別れた。
これを交わりの初めとして、何れも親しくなった。

伊織の子供は、松平越前守殿の元に二人ある。今も親しく語らい合う仲である。

備前老人物語



957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/03/04(木) 17:31:47.95 ID:Dp28Kb2/
八尾の戦いというと
元長宗我部家臣で改易ののちに藤堂家臣となった桑名弥次兵衛吉成の
旧主と戦うのに忍びず、一人突撃して戦死した話が印象的
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    糞食らえ

    という表現は既にあったのね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    文中にある「名村岩石見」
    は苗村石見で、夏陣では700石、左黒母衣斥候使番、
    掘伊織はそのまま、夏陣1000石、左黒母衣斥候使番母衣頭
    と「公室年譜略」にありました

  3. 人間七七四年 | URL | -

    殺し合いから始まる友情もあるんだな

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