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八幡信仰の受容について沖縄の一例

2021年03月13日 16:36

974 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/03/13(土) 12:21:50.09 ID:DeFvGlRZ
八幡信仰の受容について沖縄の一例を。

第一尚氏、琉球国中山王の尚徳が1466年に奄美群島の喜界島を征服した際のエピソードで、文中の社寺が琉球八社の一つ
那覇市の安里八幡宮(別当寺の神徳寺も併存)です。

尚徳の外征も含めた強引な政策に家臣たちは不満を溜め込み、その死去の直後の1469年に尚円(内間金丸)のクーデターで
第二尚氏が成立しますが、第二尚氏の家紋は八幡宮同様の左三つ巴でした。
前王家も同じ巴紋だったと考えられています。


球陽』巻2【六年、王、親しく自ら軍を率ゐ、奇界を征討す。】
奇界島、畔きて朝せず。連年兵を発し、屡々征するも功無し。王怒りて曰く、啻に功無きのみに非ず、反って侮辱せらる。
吾、宜しく親しく軍兵を領し、以て賊乱を平ぐべしと。遂に二千余の兵を率ゐ、路、安里村を歴るのとき、一鳥有りて
飛鳴して過ぐるを見る。王、弓を把り、天を仰ぎ祈りて曰く、若し我、奇界を平ぐるを得れば、一矢にて鳥を射て落さん。
若し平ぐること得されば、又射ること得ざらんと。祈り畢り、絃響き矢発す。早已に鳥、地に落つ。王、心大いに喜ぶ。
海船五十余艘に分駕し、二月甘五日、那覇開船す。行きて洋中に至るのとき、又一巨鐘の波面に在りて浮沈するを見る。
遂に船に載せ、以て八幡大菩薩の賜と為す。二十八日、奇界に至る。賊兵、港口に柵を立て塁を築き、矢石雨の如く、
決して進むべからず。王、大いに怒り、軍兵をして進攻せしむるも死者無数なり。王、愈々怒りて息まず。老臣一人班を出でて、
奏して曰く、賊兵、勇ありて智無し。之れを破ること何ぞ難からんや。請ふ、数日を延せば臣必ず賊を破るの計有らんと。
王、其の言に従ひて俟つ。三月初五日に至り、煙雨霏々たり。夜に当り天黒く対面弁じ難し。老臣、数百の軍人をして各小舟に駕し、
多く火把を帯び、佯りて軍を分つの状を為し、彼の島の背後に駕し赴かしむ。賊兵之れを見て果して其の計に中り、
止老兵をして港口を守らしめ、皆背後に往きて敵を迎ふ。王大いに悦び、急ぎ諸軍に令して一斉に上岸せしめ、火を放ち屋を焼き
喊声天に振ふ。賊兵大いに驚き、魂、体に附かず、降る者無数なり。賊首謀尽き力窮りてにせられ、誅を受く。王、別に
酋長を立てて百姓を治めしめ、本月十三日開船して帰る。是れに由りて王、輔臣に命じ、鳥を射るの処に宮を建て鐘を蔵せしめ、
八幡宮と名づけ、並びに寺を構へて神徳と名づく。又巨鐘を鋳て神徳寺に懸く(鐘は今尚存す)。嗣いで王、驕傲愈々盛にして
残害益々甚しく、諫者は之れを罪し、者は之れを悦びて、国政日に壊る。臣士遁隠する者計ふるに勝ふべからず。



976 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/03/13(土) 19:33:50.18 ID:FyMby3WK
尚徳の神号(別称)が八幡按司ですね。按司は琉球の豪族の称号。
ただ肝心の八幡信仰は、王族士族はともかく、庶民層には土着信仰に押されて定着しなかったようだとか。

977 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/03/14(日) 16:43:47.50 ID:1MjRjkLF
喜界島は琉球文化圏では北東端の辺境扱いなんだけど、20年ほど前の城久遺跡の発見で学説が大転換してて
ここの本土系住民の移住が、12世紀以降の琉球文化の基礎となったというのが有力視されてますね
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    戦勝を嘉して建てられたってことはやっぱり武神としての信仰なのね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    那覇から喜界島って300kmくらいあるんじゃなかろうか。
    大船団が洋上300kmを二五日発、二八日着、三日間。
    当然途中途中、他の島に寄ったとしても、航海技術がすごい。喜界島は今でも桟橋に付けるのが難しい島。場景を想像するのが中々難しい。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    江戸時代の薩摩の廻船は那覇まで3日ですね。

    ちなみに1500年のアカハチの乱での400キロ先の石垣島への「球陽」での日程はこんなもんです。宮古島勢と合流した手間の時間もあるはずですが。

    >本年二月初二日、那覇開船し、八重山に赴き、赤蜂等を征伐す。大翁主大いに喜び、即ち小船に乗り、海に出でて迎接す。十三日、引きて八重山石垣の境に至る。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    アカハチの乱への出兵はカジマーイを避けてから直ぐに行われた感じですか。
    彼ら潮流を掴み切ってたんでしょうね。
    八丈島との繋がりを見ても、海の民の移動のダイナミックさを感じます。為朝伝説も信じられてしまう。昔八重山で、古老に「アカハチ知らないの↗?(知ってて当たり前でしょ)」と言われたことを思い出しました。

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