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週刊ブログ拍手ランキング【03/11~/17】

2021年03月17日 18:01

03/11~/17のブログ拍手ランキングです!


八幡信仰の受容について沖縄の一例 10

芋川親正の事 9
於大の方について 9

八幡大菩薩に御祈念あるべき事 8
阿茶局は筋目定かならず 7
於万の方について 5
関ヶ原後の片桐兄弟と家康 4


今週の1位はこちら!八幡信仰の受容について沖縄の一例です!
沖縄での八幡信仰について、ですね。
八幡神は、北九州の豪族である、宇佐国造宇佐氏の氏神であったとされ、後に武神としての性格を強くしていきますが、
そもそもは西国、東シナ海の海洋神という認識も強かったのでしょう。
倭寇が当時の中国から、ダイレクトに『八幡(ばはん)』とも呼ばれていたことも思い起こされます。
そして倭寇も含めて、様々な海洋生活者によって、沖縄にもこの信仰が伝わったと見るべきなのでしょうね。
或いは、海洋神であり強力な武神でもある八幡神への信仰に大きな需要があるほど、当時の東シナ海にも、
秩序の安定しない自力救済世界が広がっていたとも言えそうです。
当時の海洋世界についても様々に考えることの出来るお話だおともいました。

2位はこちら!芋川親正の事です!
こちらは「上杉家家臣」芋川親正について、後世の扱いについての話ですね。
芋川親正の様々な勢力に所属したこと自体は、「まあ当時のあの辺りの国衆ならよくある話だよな。」と思う程度では
あるのですが、事実上、ほぼすべての武士が「譜代」化した江戸中期以降になると、そうも言っていられなくなるのでしょう。
特に芋川家は代々の上杉家重臣ですからね。「由緒」が色々な意味で重要だった時代、「歴史」の扱いも非常に
デリケートなものだったのでしょうね。
誰がこのように誘導したのか、そのような斟酌があったのか、当時の上杉家の「歴史認識」の一端を感じさせてくれる、
そんな内容だと思いました。

今週は同表でも言う一つ!於大の方についてです
こちらは徳川家康の母、於大の方についてです。
この方も様々に、波乱の人生を送った女性であり、その人生をなぞっただけでも、戦国期の悲哀というものの一端を
感じさせてくれます。その上で、三河の一国衆勢力であった安城(岡崎)松平氏へ嫁ぎ、その子である家康が天下を取るまで
を生きて間近で見続けていたわけですから、また稀有な人生を送った女性でもあったわけですね。
彼女が久松俊勝に再婚した後に生んだ子たちも、異父弟として兄・家康に良く仕え、特に松平定勝は、後に大老制度の
モデルとなるほど、家康、秀忠より信頼され、重く用いられていたと言われます。
こう言ったあたりから、彼女の有り様もほのかに垣間見られるかもしれません。
戦国期の武家の女性について、様々に感じさせてくれる、そんな内容だと感じました。



今週もたくさんの拍手を各逸話に頂きました。いつも本当にありがとうございます!
また気になった逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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