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涙を留めることが出来なかったのが、秀吉の双眼である

2021年03月29日 18:02

47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/03/29(月) 15:22:42.62 ID:i9JLaDLA
(秀吉の主催した織田信長の葬儀にて)、その時、秀吉、御次丸(羽柴秀勝)は相共に焼香し、
十月十五日巳の刻、(信長は)無常の煙となし奉った。誠にこれ、一生別離の悲しみである。
一体誰がこれを嘆かないでいられるだろうか。
葬儀の間、涙を留めることが出来なかったのが、秀吉の双眼である。

偏に将軍(信長)の威気は天下を覆い古今に独歩していた。上は上皇(天皇)を安んじ奉り、
下は下民を憐れんだ。そのため、忝なくも勅使を立てられ贈官を給わった。
総見院殿大相国一品泰巌大居士と号し奉るものである。

秀吉が備中表において武勇を専らとし、謀策をめぐらせ給わなければ、どうしてこのように速やかに、
惟任(光秀)を退治できただろうか。
今、本意を達し、この孝養を行うこと、秀吉一世の冥加、末代の龜鑑である。

すなわち藻虫斎(大村)由己が、記し置く所である。万歳珍重である。

天正十年十月二十五日 謹んで之を誌るす

惟任退治記

秀吉が大村由己に編纂させた惟任退治記の中で、おそらく一番伝えたかった部分



48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/03/29(月) 15:37:54.63 ID:h1DRfmDL
日付は重要やね
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >謀策をめぐらせ給わなければ、どうしてこのように速やかに、
    >惟任(光秀)を退治できただろうか。


    秀吉黒幕説だ!(違)

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