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中務は小姓共ばかりにて

2021年04月03日 17:49

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/04/03(土) 15:55:34.81 ID:4Y2Pco0n
関ヶ原の合戦の時、本多中務大輔(忠勝)は、馬に鉄砲があたり、下り立って石に腰を掛けて
いたところ、兵部(井伊直政)家来の木俣清左衛門と申す者が馬にて通った。ここでは馬を
お貸しするべきだったのに、貸さなかったという。

中務は押合いのための雑兵も、四百に足らぬ人数であったという。
本多家の能き者共は美濃守(本多忠政)に付けられ、秀忠公のお供に参っていたため、中務は
小姓共ばかりにて天下分け目の御合戦の先駆けを致されたという。

慶長年中卜齋記



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    合戦の最中に通りすがりの他家の重臣が馬を貸すべきとか
    かなり無茶苦茶なこと書いている感じがする。

    戦国にはそういう習わしでもあったのかな?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    他家かなあ…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    株式会社徳川 本多課の課長に通りすがりの井伊課の係長が馬を貸すべきか否か?

    と考えたらどうか?
    上司は上司なんだけど、先ずは直属の上司に尽くすこととか、井伊直政の性格を考えたらここで忠勝に馬貸したらお手打ちに遭いそうだけど。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    井伊家って譜代衆の中でもちょっと異質というか排他性を感じるよね
    新入りの寄せ集めに団結心を叩き込むためにはそうせざるを得なかったのか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    井伊直政は家康の男色相手で超お気に入りだし
    新入り寄せ集めの赤備衆も家康が自腹で召し抱えて直政に与えてるから
    他の譜代や外様の家臣団とは一線を画してるよね。
    徳川家康本陣にいて合戦に直接参加していない本多忠勝の馬に鉄砲が当たったのだから
    少数精鋭だけ連れて逃げる島津義弘が
    不審に思って追って来た井伊直政と松平忠吉を銃撃した後に
    本多忠勝も加わった際の話だろうから
    井伊直政家臣からしたら主の生死に関わる状況で忠勝に馬貸してる場合では無いってのもある。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    学研の歴史群像シリーズの『徳川四天王』に「直政が凶暴過ぎるから手討ちにされそうになった家臣は忠勝の屋敷に逃げ込んで難を逃れた」って書いてあった。
    井伊家と本多家の家臣は交流が深かったんじゃないかな?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    言うてもこの話に出る木俣さん自体は家康から付けられた寄騎だしなぁ。
    一度三河を離れて他家に居たから本多正信みたいな感じだけど、直政より少し年配で一度井伊の寄騎から徳川に戻りたいって言い出したこともあるみたいだし。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    こんな寡兵でもかなりの手柄をあげている忠勝さんマジパネェ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    「貸しを作る」というのが安く考えられるようになったのかね

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