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「あの者を改めるように」

2021年04月06日 18:31

657 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/04/06(火) 13:44:38.70 ID:jCsjrP9j
関ヶ原の合戦後の九月十九日、行軍のさなか、何方の人であろうか、見た目は然るべき武者で、兜は着けず、
黒き具足で鹿毛の馬に乗り、金箔を押した才槌の指物にて、御先に参る衆と前後うち交わり通った。

先へ参る衆は、「先手の大名衆の使番だろうか。」と心を付ける人も無かったが、家康公は乗物の内から、
その間が二十町(約2000メートル)も有ったのだが、金色の才槌が光るのを御覧になり、
「あの者を改めるように」との御意あり、よってこの者を改めた所、彼は西軍方の落人であった。
「成敗するように。」との御意にて、道の側にて討ち捨てた。

慶長年中卜齋記



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    なんでそんな目立つ格好でこんな場所に居るんだろ?と気になる所ですが、
    もしかしたら、わざと目立って討たれたのかな?
    ちなみに才槌を検索するとるろ剣の十本刀ばかり出てくる・・・

  2. 人間七七四年 | URL | -

    金色の才槌なんてド派手な指物でもスルーされかける程度に無名なのか

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    堂々とした騎馬武者姿なら東軍に紛れても気づかれないと考えたのでは?
    先頭の武士たちは「先手の使番かな?」と思ってスルーしてたわけだし

  4. 人間七七四年 | URL | -

    関ケ原の合戦当日に島津義弘が同じ方法で素通りしたから
    家康の方も神経質になってたんじゃないのかな
    或いはそれの焼き直しの創作か

  5. 人間七七四年 | URL | -

    作者の板坂卜斎は侍医として家康に随行しており見聞したことを書き記していたらしい

    家康が2キロ先からでも不審な武士に気がついたという持ち上げ話に見えるけど
    なんか目立つから好奇心で聞いたら落武者だったみたいな話がリアルかもしれない

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