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日頃の数寄が出たのだ

2021年04月22日 17:16

千利休   
132 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/04/22(木) 15:29:59.99 ID:/XbN5Ghq
千利休が大徳寺の山門を建立し、自分の人形を木を以て作り、ヘントツ(羽織のような僧衣)を着て
頭巾に杖をつかせ、雪踏を履かせ(雪踏は利休が初めて作ったと云う)、高所に置いた。

秀吉公はこれをご覧に成って、「公家衆を始め礼儀ある門に、推参至極の仕形である!」とて
大いに怒り給われ、その罪にて利休は切腹した。
その時、脇差が包まれているものを取り、巻き直し両端を揃え、能く見て切腹仕った。
「日頃の数寄が出たのだ」と、当時の数寄者たちは感じ入ったという。

烈公間話



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    利休切腹はいろいろ説あるけど一番納得する説はこれなんだよなあ。
    自分や皇族も往来する山門に作るのは無礼ってことで切腹を命じたんじゃないかなと
    時点で自分以外で茶器に値段をつけていること
    武士の面子や自らの権威を傷つけるからやったんじゃないかなと

  2. 人間七七四年 | URL | -

    どの説も単体じゃ弱いんだよな、そこにミステリーが生まれる
    まあ小田原以降のラスボス様は大体そんな感じだが

  3. 人間七七四年 | URL | -

    羽柴秀吉像は江戸時代にかなり歪曲されてるから
    実際はどうだったのか何てのは難しいだろうね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    だいたい太閤記のせい

  5. 人間七七四年 | URL | -

    烈光間話の「つまりどう言いたいんだ?」ってなる文の書き方苦手だわ

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