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神保の刺客

2021年05月29日 18:31

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/05/29(土) 16:47:04.01 ID:868aPDef
越中国の住人である神保越後(筆者注:越中守長住の事か)は上杉輝虎公に度々攻められ領地を放火され、
互いに敵対してその遺恨は肺肝(心の奥底)にまで達するものであった。

ある時、神保は輝虎公への計略として、自分の家老の内、或いは外様の諸士、その他領分内の地下人で
あっても、誰に寄らず、見目形優なる若衆を探した所、東国牢人(名字、名、切れて見えず)の持つ子に
一人、誠にその容姿、優なるを選びだした。
そして神保はこの子に向かって言った

「汝を頼み、命を貰いたい。」

その時、かの少年はこのように答えた
「いかようにも、御意次第」

神保は満足して、この少年を結構に仕立てて、その上で申し含めた
「貴殿、越後に行って才覚をめぐらし、輝虎を頼み奉公を遂げ、その透きを窺って、輝虎を脇差の
一突きにて刺殺するように。もしこれが成れば、貴殿の父に越中半国を与える。」

少年はこれを聞くと、未だ十六歳であったが、いかにも機嫌よく申した
「誠に、私をこのように見つけて頂いたこと、偏に天の恵みと申すべきでしょうが、これも
弓矢の家に生まれついた道でもあります。どうにか、智略を廻らしてみます。」
と、委細を申し受け、越後国へ牢人した、

さて、その後にかの少年は越後春日山に来たりて、兎角を計ったものの、中々法度が厳しく、
一夜の宿すら借りることが出来ず、ようやく春日山の近郷、長峯という所の小寺に入り、
無為に過ごしていたのだが、ある時、輝虎公が海へ舟遊山に出られた所に、かの少年が
御蹄の前に罷り出て、「是非御奉公を」と望んだ。
輝虎公はこの少年を見られると、安田という侍に預けられ、「本国はどこの者か、父は何という者か、
所縁を委しく調べ、その首尾を以て召し使うかどうかを決める。」と宣われた。

安田承り、少年に本国、先祖を尋ねた。それについて彼はこのように答えた
「本国は関東の者でありますが、国乱れるによって信州へ牢人仕った所に、父は去る年、
こあらま合戦(天文九年の小荒間合戦ヵ)にて討死仕り、今は母一人居ります。」

また安田は問うた
「その母は現在何処に在るか」

「信州更科と申す所に居ります」

安田は委細を聞いて、直ぐに信州に飛脚を出し、事の様子を尋ねさせた所、少年の言ったような人物は
一人も無かった。そして飛脚の者は罷り帰ってそのことを報告すると、それを聞いた安田は、
再び少年に問うた。かの少年は、未だ若年の余りであろうか、これを聞いて色を変じ、それまでと
様子が一変した。

それらの事どもを一々に言上すると、輝虎公は疑念を発せられ、少年を領内から追放した。
その後上杉領国の法度はますます厳しくなり、神保は本意を遂げることが出来なかった。

謙信家記



783 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/05/29(土) 17:12:10.86 ID:8JRDqXqH
菊門責めを期待してたのに拍子抜けだぜ

785 名前:人間七七四年[] 投稿日:2021/05/30(日) 14:26:20.55 ID:ciHKv8b6
>>782
戦国時代って、処刑や自害強要が当然に思える相手でも「追放」が多いなと
昔から思うけど、戦でもないのに矢鱈と人を殺すものではないという観念だったのか?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >783
    それじゃあ神保の刺客じゃなくてチ〇ボの刺客じゃねーかHAHAHA

  2. 人間七七四年 | URL | -

    殺すか捕らえて尋問するかと思ったら随分と優しいな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    信玄だったら怪しいと思ったら天狗の仕業に見せかけて殺してたところだ
    「武田信玄と天狗の事」

  4. 人間七七四年 | URL | 8kSX63fM

    本当にありそうな話だと思った(小並
    そんな適当なでまかせ言ったってすぐバレるよ、とも。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    史記の専諸だって闔閭や伍子胥が環境整えてやって成功している
    他の刺客伝の人物は容易に対象に近づける曹沬を除いて失敗している
    16歳の子に「貴殿、越後に行って才覚をめぐらし…」って無理ありすぎやろ
    神保の方でも騙す環境作ってやれよ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    越中半国どうやってわけますか
    東西ですよね
    南北で分けたら歪になるかな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    唐突に「チリ東西分裂」というパワーワードを思い出した

  8. 人間七七四年 | URL | -

    政宗「神保?全滅させれば刺客も送れねーだろ」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ???「その謀略するんだったら、私に相談してくれたら良かったのに。茶亭造ったから、そこで茶一服しながら教授致しましょう。」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    直家「暗殺というと儂を引き合いに出すのはそろそろやめ…アッ貴様さては忠家だな!?」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >>>782
    >戦国時代って、処刑や自害強要が当然に思える相手でも「追放」が多いなと
    >昔から思うけど、戦でもないのに矢鱈と人を殺すものではないという観念だったのか?

    今回みたいに他国に諜報や暗殺で忍び込んた時と違い、
    人質を出して裏切ったときは、その人質は割とあっさり殺されているような。
    近代人命観念だと、まず、人質の命を助けるか否かって交渉するが、それ以前に殺してない?

    確かに「人の命を奪う」ときの判断基準が現代人と違う感じはする
    ただ、「命は大事」って方向のベクトルでもない気がする

  12. 人間七七四年 | URL | -

    仏教的殺生観を持つ中世人にとって命は大事だったと思うよ
    ただしそれは近代思想の産物である生存権とは似て非なるもの
    だから解死人みたいな役割が生まれる余地がある

  13. 人間七七四年 | URL | -

    中世的仏教観だと西方浄土に逝きたいが今生で長生きしたいを上回って即身仏になったりするし、
    御家大事で家の存続のためなら個人的生存よりも切腹や殉死を選んだりするし

    現代人的感覚・観念で「『命が大事』だから、こっちが上、そっちが下」と矢印を引くときと
    中世人が「こっちが大事」と思っているのは軸が違う、っていいたかった

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    南北で分けてもそこまで歪じゃないだろう。南東部は山岳地帯だけど、鉱山や森林資源もあって、そこまで不利にならないし。
    ※7
    チリと比較するなら越中じゃなくて能登、加賀だろう。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※14に追加
    五箇山の塩硝も加えれば、むしろ南半分の価値の方が高かったかもしれない。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    てす

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