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週刊ブログ拍手ランキング【06/10~/16】

2021年06月16日 16:28

06/10~/16のブログ拍手ランキングです!


輝虎越後より出陣と聞くと、敵も味方も恐れて 11

上杉家に於いては直江山城守兼続一人で 10

片目の頭は、我々が太刀の切っ先にかけて 9
屋形腹筋、いやいや 7
一人を赦して、天下の人の心を安んずるべき 6

支配に弾正が威を振るったので 5
蔵人元康は岡崎へ御帰城、諸人喜ぶ 4
親類二人を迎えに越し申し候 4


今週の1位はこちら!輝虎越後より出陣と聞くと、敵も味方も恐れてです!
上杉謙信がいかに恐れられていたか、という内容ですね。謙信が敵だけでなく味方からも恐れられていた、という話は
割と伝わっており、たしか関八州古戦録などにも書かれていますね。まあこの『信州川中島合戰聞書并上杉家遺老談筆記』が
関八州古戦録を参照したフシがあるような気もします。(その場合時空の歪みが生じますがまあそれはそれ)
普通に考えると、敵はともかく味方にも恐れられるのは、メリットよりデメリットの方が大きいのではないか、なんて思ったりも
するのですが、それでも「誰からも舐められない」というのはやはり、武士として一種の理想でもあったのでしょう。
登場人物など逸話の設定として色々雑な部分があるのですが、それも含めて逸話らしいお話、なんて感じました。

2位はこちら!上杉家に於いては直江山城守兼続一人でです!
上杉家で直江兼続がどれだけ重きをなしていたか、というお話ですね。兼続の存在が非常に大きかったのは確かであり、
或いは関ヶ原前よりも、 その後のほうが影響力は強かったのではないか、という感じもあります。
ここではその理由として、行政から司法まで、一人でなんでもこなせたから、とあり、これを信じると本当に超人と言いたく
なります。ただ、、コメントなどでも有りましたが、こういう人の後で仕事を引き継ぐ人は大変だったでしょうね。能力以上に、
ノウハウを蓄積できていないわけですから。上杉家が兼続の後、鷹山まであまりパッとしないのも、或いはそういうい影響が
あったのでは、なんて考える事も出来るかも知れません。色んな意味で、直江兼続の存在感を感じさせる内容だと思いました。

今週管理人が気になった逸話はこちら!片目の頭は、我々が太刀の切っ先にかけてです!
伊達政宗と仲の悪いことで、上杉家、蒲生家、南部家が結束していますね。今で言えば山形県福島県岩手県が反宮城で
結束している感じでしょうか。もしかするとそういった構図は、実際にあるかもしれません。
何故に政宗と三家がこんなに関係が悪いのか、色々と想像、考察はせきますが、やはり根本的には、政宗、仙台藩の
存在感の大きさによるのかもしれません。江戸期の東北で、仙台藩はやはり随一の経済力が有り、伊達家も江戸城に於いて
外様の筆頭を島津と争うほどの家格であり、それ故に近隣諸家からの反発や嫉妬も大きかったと思われます。
このお話はきっと、そういうことを表している内容でもあるのでしょう。そう考えると、会津が結果的に親藩の領国となったのは、
地域の紛争の防止という面もあったのかもしれません。
今に至る東北のあり方を考えさせられる、そんな内容でもあると思いました。



今週もたくさんお拍手を、各逸話にいただきました。いつも本当にありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    そもそもこの『信州川中島合戰聞書并上杉家遺老談筆記』、末尾にある日付がおかしいんですよな。
    「寛文元年(1661)年二月十三日」……あの、寛文はこの年の四月からなんですが(二月はまだ万治四年)w

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