813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/06/19(土) 17:09:21.70 ID:si1lQCOP
畠山入庵(義春)室は、上杉謙信の姪である。十一、二歳の頃、謙信より殊の外愛され、
関東御陣(越山)の時は、少年の出で立ちをして、小具足の上に、長絹の直垂を着、太刀、刀を
挿させ、馬に乗って、老女三人が介添えに付いて、謙信の供として連れられたという。
この姪は、即ち畠山下総守義真の御母の事である。父は長尾政景、母は謙信妹、後には仙桃院と号された。
永禄七年の秋、信州にて、長尾政景を宇佐美駿河守定満が殺した時、それが謙信の内意であることは
粗方知られていた。それ故に、仙桃院は謙信に向かってこのように言った
「越前殿(政景)が果てられたのは、偏に戦場において御用に立ったのと同じ事です。
義景、景勝は申すに及ばず、娘二人も御見捨てあるまじ!」
そう申したために、これによって宇佐美駿河守の遺跡は強く潰され、子の民部についても、深く二代まで
勘当させられた。現在に至るまで、宇佐美駿河の事は、当家(上杉家)においては忌まれ、沙汰しない。
先祖の仇である故なり。
(信州川中島合戰聞書并上杉家遺老談筆記)
畠山入庵(義春)室は、上杉謙信の姪である。十一、二歳の頃、謙信より殊の外愛され、
関東御陣(越山)の時は、少年の出で立ちをして、小具足の上に、長絹の直垂を着、太刀、刀を
挿させ、馬に乗って、老女三人が介添えに付いて、謙信の供として連れられたという。
この姪は、即ち畠山下総守義真の御母の事である。父は長尾政景、母は謙信妹、後には仙桃院と号された。
永禄七年の秋、信州にて、長尾政景を宇佐美駿河守定満が殺した時、それが謙信の内意であることは
粗方知られていた。それ故に、仙桃院は謙信に向かってこのように言った
「越前殿(政景)が果てられたのは、偏に戦場において御用に立ったのと同じ事です。
義景、景勝は申すに及ばず、娘二人も御見捨てあるまじ!」
そう申したために、これによって宇佐美駿河守の遺跡は強く潰され、子の民部についても、深く二代まで
勘当させられた。現在に至るまで、宇佐美駿河の事は、当家(上杉家)においては忌まれ、沙汰しない。
先祖の仇である故なり。
(信州川中島合戰聞書并上杉家遺老談筆記)
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コメント
人間七七四年 | URL | -
>父は長尾政景、母は謙信妹、後には仙桃院と号された。
ん?謙信の姉では?
( 2021年06月19日 19:00 )
人間七七四年 | URL | -
この措置が宇佐美定祐とかいう詐欺師を生む温床になったんやな
( 2021年06月20日 08:13 )
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