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浅野但馬守は、紀州の仕置として

2021年06月27日 16:50

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/06/27(日) 02:12:37.60 ID:SutgLZQ7
大阪冬の陣の前、大阪方の評議に、

「和泉表では岸和田城に小出大和守(吉英)が、東方(幕府方)にて在城していますが、
六万石の領地にて、小身であり人数も少なく、東より加勢が有ったとしても、物の数ではありません。
ただし、紀州の浅野但馬守(長晟)が、東方であり後ろ巻をする可能性がありますが、
これも熊野の新宮刑部(行朝か)を大阪方に引き入れております。

これに一揆を扇動させ、但馬守は出勢出来ないように仕り、岸和田を乗っ取って、繋ぎの城とし、
紀州に攻め入って但馬守を打ち取れば、紀州・和泉の両国が手に入ります。然らば、
根を太くし帯を固くするの手立てとなります。

その内には、太閤厚恩の衆が東方にも多いのですから、内通もあるでしょう。
これ、一統の道なるべし。」

と決まった。

ところが浅野但馬守は、紀州の仕置として、郡郷村里に奉行代官を置き、地下の人質を取って
入れ置き、その家の廻りに焼き草を積んで、何事か有れば速やかに焼き殺すべき様に見せた。
また人夫に用いる者は、親子兄弟を別々に分け、夫々に配置した。
熊野山家、辺土幽谷の地は一層念を入れた故に。新宮は一揆の手立ても成り難く、延引して、
新宮は大阪城に籠城した。

管窺武鑑

浅野長晟の一揆対策について



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