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週刊ブログ拍手ランキング【07/15~/21】

2021年07月21日 16:51

07/15~/21のブログ拍手ランキングです!


口伝・佐渡のウマ娘のお話 13

【ニュース】若き政宗、覚悟と気概 米沢城主2年目の書状見つかる 戦国武将の駆け引きも 13

真田の詫び言を御許容され 12

信長公の御眼力も相違していたかのように 10
【ニュース】歴史物語る景勝の至宝 米沢・上杉神社で特別展示始まる 9
景勝公も御上洛然るべし 8

謙信公が遺言の如く、弓箭の神と成り給い 7
御家中親子方迚、家康公ハ信長方、信康公ハ勝頼方也 4
三郎殿、築山様の事 5


今週の1位はこちら!口伝・佐渡のウマ娘のお話です!
基本的には、屈服のための人質の提出を求められたが偽物を差し出したため。景勝に佐渡侵攻の口実を与えた、
という内容でしょうか。実際には景勝はこれより先、天正14年の上洛の際に秀吉より佐渡領有を認められており、
名目があろうがなかろうが侵攻は既定路線であったと考えられます。しかしながら「馬姫」という名は面白いですね。
本間高貞所有の馬の名かも、との事ですが、幼児死亡率の高かった当時は、子の名に動物の文字を付けて、その動物の
持つ力を得て子が健やかに育つように祈る、という発想があり、或いはその類なのかもしれません。男児でも「馬之助」
といった名は割と見られますね。もしくは馬はメ、すなわち「姫」または女(娘)と同音にもなり、ただ単純に「姫様」と
伝わっていたものが後世名と解釈され、メ姫様に漢字を当て、馬姫様となったのかも、なんて想像もしてしまいました。
この伝承が出来る過程を様々に想像できる、そんな内容で、大変面白かったです。

今週は同票でもう一つ!【ニュース】若き政宗、覚悟と気概 米沢城主2年目の書状見つかる 戦国武将の駆け引きもです!
この書状、内容から二本松畠山氏攻め直前のものでしょうが、政宗は親類である最上義光に対して、当然その事への
様々な支援を期待したでしょうから、最上の内情を気にするのも、また当然でしょうね。政宗が義光や最上家に
対抗意識を持っていたのは確かだと思いますが、それはもう少し後、秀吉による関東征伐前後からだと考えています。
この頃は同盟者として助力を期待する面が大きかったと考えられ、その意味であまり後世の印象に引きずられずに
素直に読んでも良いんじゃないかな、なんて思いますw

今週管理人が気になった逸話はこちら!真田の詫び言を御許容されです!
本能寺の変と神流川の戦いの後、真田昌幸が上杉→北条→徳川→上杉と、次々と臣従先を変えたことは有名で、
一方ではこれを、戦国期らしい機敏な処世と評価する向きもありますが、他方でやはり当時からしても、節操がない、
信頼できない、という印象もあったようです。後に結果的に、秀吉の元で家康の与力大名に編成されるのも、この時の
徳川からの離反はあまり正統性がないという理解があったのではないかと思います。
一方でここでの景勝の反応は面白いですね。武士は頼り頼られ「家を潰さないこと」が最も大切であるという感覚は、
御館の乱、或いは信長からの攻撃によって何度か家の滅亡の瀬戸際に追い詰められた景勝らしい考えに感じます。
彼は実際にもこの手の、一種の美意識を先に立てる所のある人物でもありました。そういった景勝のキャラクターが
よく出ている、そんな内容だとも思いました。

上杉景勝と言えば、丁度角川新書よりこんな本が出ています

『「東国の雄」上杉景勝』
謙信の後継者、屈すれども滅びず

著者 今福 匡


景勝期の上杉氏の歴史だけでなく、上杉景勝という人物を感じさせてくれる、大変良い本だと思います。
景勝、また上杉氏に興味の在る方には、是非お薦めしたい一冊です。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつも本当にありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンをおしてやってくださいね!
(/・ω・)/
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