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この上は朝鮮国御征伐あって、武威を異域に輝かし

2021年08月03日 18:35

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/08/03(火) 16:55:47.55 ID:xXeMvxoh
小田原の役、奥州仕置により関白秀吉公は日本を平均さなれ、この上は朝鮮国御征伐あって、
武威を異域に輝かし、たとえ御本意を遂げられなくても、その名は末代までの誉れであると
御奥意を持たれていた所、御嫡男である八幡太郎殿(鶴松)が天正十九年、五歳にて早世された。
御母は浅井備前守息女淀殿であった。源義家の先規を用い、八幡太郎と名付け、限りなく
御寵愛されていた中での御逝去であり、御嘆きのあまり仰せに成られた事には

「私は数年粉骨して天下を取り布いたと雖も、それを譲り与えんと思っていたその子は死した。
何を頼んで何時を期せばいいのか。漸く歳も老いた、天下は諸大名が手柄次第に治めるべし。
私は後世善所を志し、発心して送るべし。」

そう言って東福禅寺へ引き籠もられた。然れば小大上下の族、このような事は勿体無しと涙を流し、
たってこれを諌め奉った。これに対し秀吉公は仰せられた

「私は道心する事に決心したが、それが却って天下の苦しみ、悪逆の元になると万民押し並べて存ずると
これ有る上は、考え直すべし。ではあるが、我が子孫の後栄を考えずに行う事であるのだから、一事所望を
叶えてほしい。そうでなければ再びこの寺を出ない。」

と仰せになった。諸大名は何れも「御意、違背仕るまじ。」と請け負った所を聞かれた後に、
朝鮮征伐の事を仰せ出された。それ故に何れも異議に及ばず同心した。これによって御陣触れを出された。

管窺武鑑

秀吉が上杉謙信みたいに寺に引きこもって朝鮮出兵をみんなに飲ませた、というお話。

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/08/03(火) 17:12:49.00 ID:P3JEToLn
平和になったらなったで戦闘しか取り柄ない兵士数万をどうするか問題が起こるからな



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >平和になったらなったで戦闘しか取り柄ない兵士数万をどうするか
    秀吉自身が「自分は戦うことしか取り柄のない」と思っていたりして
    平和な時代を築くよりひたすら戦う事を望んだかもね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    最近の研究だと秀吉がスペイン・ポルトガルによる明の植民地化を危惧して出兵した説が有力らしいね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    硝石が日本では採れないからってやつ?
    秀吉存命時には無敵艦隊がイギリスに敗けてスペインの凋落が始まってたんだし、無理に出兵して国力落とすこともなかったのにな
    まぁお陰で徳川の世を迎えられることになったが

  4. 人間七七四年 | URL | -

    アルマダの海戦は覇権国家が当時の小国英国に敗北したという点では画期的だが
    覇権国家からスペインが滑り落ちたわけではない
    英西戦争の結果すでに独立を宣言していたネーデルランドの放棄を決定づけられたが、
    その講和は江戸幕府の成立後だ

    秀吉のときは十分に脅威な存在では

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >漸く歳も老いた、天下は諸大名が手柄次第に治めるべし。

    これ聞いて「おーし、切り取り次第、やったるぜ」な態度示した大名はおらんかったのかいな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    真田昌幸「なぜ皆こっちを見ておるのだ?」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    当時のスペイン=ハプスブルク家だからな
    オランダ以外にポルトガルとイタリアの一部も支配して教皇や神聖ローマ皇帝とは親族で
    18世紀初頭の欧州大戦であるスペイン継承戦争まで欧州一の勢力として君臨してたわけで

  8. 人間七七四年 | URL | -

    しかしスペインには金がない
    稼ぎ頭のネーデルラントは独立寸前でトルコともイギリスとも戦争を抱えてる
    世界一の銀山がありながら全て戦費に吸い取られてスペインには一銭も入らない
    アジアまで征服部隊を送ったら兵站が持たないどころか国家転覆必至

  9. 人間七七四年 | URL | -

    >アルマダの海戦は覇権国家が当時の小国英国に敗北したという点では画期的だが

    イギリスは植民地帝国ではなく海軍力でややスペインに劣っていたというだけで
    欧州だと普通に大国の一角占めてた訳だが…
    てーか陸軍力だとスペインより上回ってたんじゃないか

  10. 人間七七四年 | URL | -

    スペインの黄金時代は秀吉の死去の5日前に死んだフェリペ2世までだな
    フェリペ2世はイングランド王も兼ねてた
    ポルトガル、ミラノ、シチリア、ナポリの王も兼ね、
    ポルトガルとフランスとオーストリアの王女とも婚姻して子を設けてる

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    当時のイギリスは陸軍は旧態化していてあまり良い状態ではなかったかと。
    その前の百年戦争の頃だと有名な長弓兵とかいたが、当時でもいれば鉄砲より威力が有った(後の清教徒革命期でも通用した説有り)が、その兵士を維持するのが大変で失われていたし、当時改革が進んでいた海軍より見劣りした様で。
    陸軍が改革が進むのは清教徒革命時にかのクロムウェルが当時最先端のスウェーデンモデルを導入したからとか。

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