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輝虎は斯くの如くの

2021年08月21日 17:56

940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/08/21(土) 16:43:19.91 ID:cQDwS0uU
永禄二年の四月上旬、上杉景虎は二度目の上洛をした。

(中略)

同月二十六日に、上使大館左衛門佐輝氏が御内書持参にて、景虎の文の裏書き、並びに
塗輿、朱柄傘を御免になり、屋形号、並びに「輝」の字を下され、斯波、細川、畠山の三管領に
準ずると云々。景虎はこれを拝受した。その御礼として宿舎より京に入った。これより景虎を改め、
輝虎と号した。

その御礼に向かう途中において、三好の家来の士と松永弾正少弼久秀の家人が馬上にて行き合い、
無礼であったために輝虎は怒り従士に下知して、たちまち討ち捨て頭を刎ねた。
近年三好、松永の威勢強く、これに並び立てるような者も無かったのだが、輝虎は斯くの如くの
対応をし、これに貴賤上下、輝虎を恐れること斜め成らずであった。
そして三好、松永はこれに一言も云うことが出来なかった。

(中略)

世に伝わる話に、堺に宿泊した折、旅宿の主人が草足袋を履いて見目に出たことに、輝虎は
「その体無礼なり」と怒り、その主人を手討ちにした。これに堺の者達千人ほどが怒って輝虎の
旅宿を囲んだ。そこで輝虎はその家に火を懸け切って出て彼らを追い散らした後、静かに京へと
帰った。輝虎の懸けた火は延焼し、堺において数千軒が焼失した。

太祖一代軍記

二度目の上洛でいろいろ大暴れしたらしい謙信公



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    自領では引退するする詐欺でなんとか言い分を聞いてもらうのが精一杯なのに
    よそ様の領土に出た途端八つ当たり気味に暴力で解決するあたり実に軍神様

  2. 人間七七四年 | URL | -

    実際には意気込んで5000ばかり連れてったけど、六角とも連絡取り合った上で目立った行動に出られずにすごすご帰国してるんだよな軍神様
    晴元と義輝が大博打に出る永禄五年に動けりゃ良かったんだけどね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    越後にも越前にも不穏分子がいる状況で京で派手な軍事行動なんかしたら下手したら帰る場所がなくなっちまう

  4. 人間七七四年 | URL | -

    現地で食料どうしてたんだろ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>4
    この輝虎なら普通に略奪してそう

  6. 人間七七四年 | URL | -

    軍勢は近江国内に駐留させてたらしいんで、恐らく六角持ちだろうね

  7. 人間七七四年 | URL | -

    軍神というより疫病神とかだわ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    軍神様はなんでこんな逸話が多いんだろうね。
    自分の田舎(越中)では軍神様が寺を焼き討ちとか結構あるんだけど、盛られている感もあって実際には違うこともすくなくない。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    この人を国主にしないと治まらない越後とかいう国

  10. 人間七七四年 | URL | -

    この人が当主になって括約した後、村上義清や上杉憲政が頼って落ち延びてきたことで甲斐武田や小田原北条を討つ名目が出来たことやら越中と戦うと言う外敵に当たることが越後を団結させた様に思う。
    悪い言い方をすると、日本を敵国として内の不満を外に向ける北朝鮮や大韓民国のやり方に似てる希ガス。

  11. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    >>10
    括約とはまた意味深な

  12. 人間七七四年 | URL | -

    >>11
    フゥン!ホォン!

  13. 人間七七四年 | URL | -

    安定を目指すと喧嘩しだすんだから、
    喧嘩も出来ないほど外と拗れた関係になってそっちに注目させてやろうとしてたら、
    近所の武田さんがめちゃくちゃ拗れだして、より注目集めてたから負けじと拗れてやろうという、
    結局のところ愛じゃよ、愛。

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