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週刊ブログ拍手ランキング【09/09~/15】

2021年09月15日 14:15

09/09~/15のブログ拍手ランキングです!


千代の笠の緒文 15

山内忠義の酒豪伝説 14

世の中にはよく似た人もいるかな 11
裏切りは御免候へ 9
十歳ほどの女児が石を投げたところ 9

諸人は秀康卿を褒め奉った 8
左様のうつけたる同類に 7
伊達の加勢 6


今週の1位はこちら!千代の笠の緒文です!
山内一豊の妻、千代こと見性院の賢妻譚でも有名な、笠の緒文の逸話ですね。関ヶ原後の一豊の土佐拝領にも、
大きく影響を与えたと言われます。後に頼山陽もこれを称える詩を作ったり、江戸期には既に有名だったのですね。
また使者となった田中孫作が、途中で追い剥ぎに遭うなど多くの困難を凌ぎつつ目的を果たすなど、彼の冒険譚としても
読めますね。後に奪った衣服がその田中家の定紋となるなど、後日譚も含めて面白いと思います。
それにしても、戦国武将の書状には、秘密保持のためか「読んだら焼いて下さい」というものが割と見られ、
にもかかわらず残っているという事は焼かれていないわけですが、この見性院の書状はきっちり焼かれていて、
にもかかわらず内容や意図がよく知られているというのもまた面白いことです。
山内家を興隆させた、一種の神話的趣もある、そんな逸話だと思いました。

2位はこちら!山内忠義の酒豪伝説です!
土佐と言えば鯨海酔侯こと、幕末の藩主・山内容堂が有名だと思います。彼くらいに成ると、酒を飲むことが一種の
アイデンティティになっていますね。2019年のデータだと、高知県は一人あたりの飲酒量で、都道府県中堂々の2位と
なっており、さらに2014年のデータでは、都道府県別飲酒費用で全国1位だそうで、流石と感じさせます。
こういったランキングを見ると他の四国3県はさほどでもなく、高知の得意性も見えてきますね。
そういった伝統は、或いはこの、土佐藩二代忠義の時代にはもう顕れていたのかなあ、なんて、このお話を見ると
察してしまいますね。或いは外から入ってきた山内家が、二代にして土佐の風習、流儀に同化したとも言えるのでしょうか。
そんな事も思ったお話でした。

今週管理人が気になったお話はこちら!十歳ほどの女児が石を投げたところです!
この記事の中にもあるように、有名な「三作石子詰」など、興福寺の鹿を殺傷することは大きな罪とされていました。これは
興福寺の奈良支配の象徴でもあったようです。しかしこう言ったことにはやはり古くから反発も有り、天文元年(1532)7月に
勃発した大和天文一揆では、一向一揆により興福寺の鹿が食べ尽くされた、なんてお話も残っています。
このようなお話が今に伝わるのも、昔から多少なりとも、こういった過度な鹿の保護に理不尽さを感じていたのでしょうね。
江戸期に入るとこのような興福寺の宗教特権は廃止されていき、1670年に奈良奉行になった溝口信勝によって、
鹿殺しに対する興福寺からの処刑要求が拒否され、この慣習は無くなりました。ある意味江戸時代らしい変化だと思います。
興福寺の鹿は今も大切にされ、奈良の象徴ともなっていますが、その今に至る歴史も知っておくと、また様々な角度から
これを見ることが出来る、そんなことも考えさてくれたお話でした。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンをおしてやってくださいね!
(/・ω・)/
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