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『南海通記』書尾

2021年10月14日 15:15

672 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/10/13(水) 21:05:22.24 ID:Z+w7eDcD
書尾

右の南海通記は讃州の故士に植松左衛門尉資信、三谷彦兵衛尉景近、片山是右衛門尉
久利(久則とも)という者がいた。また上古より相続いてきた百姓に田所治郎右衛門、
公文孫三郎という者がいた。皆元亀の生まれで寛永正保まで生きていた。

これにより天正中の乱をよく知った。それより前古のことは祖父の古伝により知った
故に、その説は実事であり採る説は多い。私は幼少より争戦の勝敗を聞くことを喜ん
で、その側に侍してしばしば聞いて眠らなかった。かの老翁たちは奇なりとしてこれ
を諭した。我が心に得ざることあれば問いを設けた。

故に私は幼少にして四国の事跡をおおよそ知り、成長してはいよいよ老父老婦に会う
毎に伝え聞き、つまびらかに問うてその説を集め小大の部を分け、大きなものを『南
海通記』とし、小さなものを『老父夜話』とした。そうして小大の二部が成立した。

南海に国記なし。私はこれを憂いること多く、故にこれを抄録した。かりにも、その
精実を脱してその疎謬をあげることもあるだろう。その知らざることは私には如何と
もしがたい。まずその知ることをあげて後人に遺す。知らなければ知らないままにし
て後の人を待つ。

――『南海通記



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