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徳川家康、説教がくどくなる・悪い話

2009年02月14日 00:07

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 14:01:37 ID:JKQQvPEh
1615年の春、徳川家康は息子・義直の結婚式のために名古屋に向かった。
式が終わったら再び豊臣家と戦うつもりだった。
しかし、去年には冬の陣があり、それに加えて今回の出陣だったので
懐が寂しかった家臣たちはブーたれていた。

「手当てがなきゃやってられねぇよ。」
こんな家臣たちの不満を知った本多正純は
「無理もないことだ。」
と思ったので、家康の側室・阿茶局に
「こういう次第ですので、なんとか大御所様にお話しして頂けませんか。」
とお願いした。

というわけで、阿茶局は家康が正純ら重臣と雑談をしているときに
家臣たちに手当てを出すようにと頼んだ。
「去年の戦は和議となり、まことにめでたいことです。
加えて此度のご婚礼、お祝い申し上げます。
こんなにめでたいのですから、家臣たちに何か差し上げて下さいましな。」

すると、家康はムッとしてしまった。
「それは承知しているが、今出したら敵を恐れて金で家臣を引きとめているなどと
噂になろう。金が貰えないと出陣しないというなら勝手にしろ、わしは一人で上洛する!
そもそも、わしは長篠の戦いのとき、家臣を頼りにしないで…」
と、小田原の役や関ヶ原の戦いを例に出してクドクド説教を始めた。

阿茶局は困ってしまって
「あ、あはは…本当にめでたいですわぁ。」
とばかり言ってそそくさと逃げだしたのだった。正純は特にフォローしなかったという。




911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 14:09:11 ID:2V96oLKx
家康が老化したという話は殆どないが、この

「説 教 が く ど く な る」

は完全に老化の証拠だな

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 14:27:15 ID:vkgZRgq8
>910
クールで無責任な上野守正純に萌えたw

913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 14:57:45 ID:sz2qnePH
いい話になり損ねたなwww

914 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 15:17:17 ID:Ew3I2zdq
正純がそこでめんどくさく強諫する性格だったらああはならんかったんだろうな

915 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 15:29:09 ID:mj7SYu05
正純は三河者でも新世代と言うか、えらくクールで都会的なんだよね。
まあ、正純が世に出る頃には家康は既に、堂々たる大大名で、底辺で泥を食うような
苦労を知らないって言うのがあるんだろうけど。

しかし正純からにじみ出る、『高級官僚』って佇まいは、好きだな。
小説で、珍しく正純にスポットが当たった、安部龍太郎の「風の如く水の如く」は
個人的にかなり面白かった。
918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 15:43:26 ID:xOmlGBEU
>>915
スレチだが、最後の黒官と正純の会話のところがすごく好きだ
>「風の如く水の如く」

924 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 19:58:32 ID:d5zzz+Rn
>>915
生まれてから正信が帰参するまでは
「三河から逃げ出した一向一揆の首謀者の息子」だぞ。
母一人子一人で大久保家の援助で細々生き延びてた。苦労知らずどころじゃない。

927 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 20:09:03 ID:s15Dqw53
>>924
「人としての苦労」と「家臣としての苦労」は似て非なるものじゃないかなと思う。

928 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 20:25:58 ID:mj7SYu05
>>924
正純は正信の帰参の前から、家康の小姓として使えているよ。
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