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藤吉郎の時、これに恋愛をなし

2021年10月29日 16:29

北政所   
749 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/10/29(金) 12:35:40.77 ID:WLiyrdYk
一説に、政所殿(豊臣秀吉正室・高台院)は風姿容艶であった故に、秀吉が藤吉郎の時、これに恋愛をなし、
仲人が入り婚姻を望まれたのだが、その父は許容せず、これ故に心魂はますます病めるが如くと成り、
遂に信長公の御耳に達した。信長公は近臣をしてその実否を尋ねられ、彼女の父に命じて嫁がせたという。

或る本に、太閤秀吉公の御台所、元は尾州御器所村の禰宜の娘で、於根々と称した。
浅野又右衛門の妹の子であったため、又右衛門は彼女をその家で養った。
ある時、織田信長公が鷹狩に出られた時、又右衛門の家で御休息された。そこで彼女が
茶を持ち運んだのを御覧になり、名を御尋ねになられた後、又右衛門へ彼女を御所望あった。

又右衛門は信長公の御側にて召し使われるのだと思い、早速御請け申して差し上げたのだが、
信長公は仰せに、「又右衛門は身上よく、藤吉郎は不勝手なり」とて、そのまま秀吉公に遣わされた。
御祝言のときには、又右衛門の長屋の簀子の上に藁を敷き、その上に薄縁を敷かれたと、後に至って
政所殿はこの事を物語されたという、

新東鑑



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    流石に信長の耳に入るほどの身分じゃなかろう

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    恋の病でフラフラになっている部下がいると知ったら正直興味は湧くと思う

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >風姿容艶であった故に


    猿にされたりハゲネズミにされたり、近代の創作物では逆に大男にされたりイケメンにされたり秀吉も忙しいなぁ…

    と、思ったらよく読み返したら風姿容艶であったのはおね様だったか…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    新東鑑の原著は1773年。
    その時代に恋愛という言葉があったのか。「れんあい す」「こいあい す」?
    どっちかな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    欧米の概念を翻訳するために、明治以降に作られた造語と考えられている[3]。現在のところ確認される初出の用例は、中村正直がサミュエル・スマイルズの『自助論』を翻訳した1871年の『西国立志編』である[3][4]。(ウィクショナリー)
    現代語訳した人の意訳が入っているのかな?ちょっと残念な気もする。

  6. ※5 | URL | -

    翻刻版は「之を愛戀をなし」となってるから確かに「恋愛」ではないけど…

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