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富士の影の山

2021年12月01日 17:24

831 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 00:02:11.43 ID:5gnMyZOH
元禄に出版された怪談浮世草子
金玉ねぢぶくさ」から巻四の一 富士の影の山

天文のころ、さる公家の青侍二人、兄弟のちぎりをむすび、世の盛衰無常なるを嘆じ
一蓮托生とて髪をそり、一人は名を春知と改め、今一人は春忍と呼びて修行し、まず東国を見巡ろうと富士にいたる。
道に迷い、求むべきやどもなきところに家影あり。
二人の法師よろこび、あみ戸を押しあげて一夜の宿を求めんとすると
二十ばかりの女房一人、灯のもとで草紙を広げながめいるありさま、世にたぐいなく
遊仙窟の仙女なるべし、鄙の山中に、か程の美女のすむかはとて
春知「是は鬼神、女となりて道心をさまたげ愛欲の心をおこさば其を窺うてわれわれを害せんとかまえたるものなるべし
いざや立ちのき、この害をのがれん」
春忍「いやいやかかるところに来たって、元よりかれが変化なればたとえ逃げたりとも、のがれはせじ。修行の種なれば正体を見届けん」
と二人ともに書院のさきへ立ちより
「我々は諸国修行の沙門なり。富士の道にまよい、日くれ、外に求むべき宿もなし。
ねがわくばあわれをくれて一夜の宿をかしたまえ」
女はおどろきたるけしきもなく
「誠に諸国修行の御僧なれば結縁の為に宿参らせ侍れども、こよいあるじ遠く出て夜ふけて帰り候うゆえ、
留守に御宿参らせんこともいかがなれば、かないがたし」
二人の道心、気をうばわれて
「たとえまよい化生の者にせよ、おしむべき命にあらず。ようすを見届けてふしんを晴らさん」と
あるじの御帰りをこれにて待ち請け申したるよし望まば
女「あるじも情けしれる人にて、わけて旅人をいたわり侍りぬ。殊に御僧に御宿参らせ候事、るすにてもこなたはくるしからず。
さ程におぼしめせば、こなたへ御入り候へ」
とて一間なる座敷へ請じ、百合のふすまを立て切りてそれに御やすみ候えとて
また見台に向かい草紙に読み入りぬ。
そのあたりを見れば調度に至るまでみやびかなる事々、人間の類にあらず。

832 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 00:03:54.00 ID:5gnMyZOH
うしみつを過ぐるころに至りて、いずくともなく轡の音りんりんと聞こえ、二人あやしみ
「さればこそ山中へ騎馬の来るべき謂れなし。これも変化のわざなるべし」
と気をつめて窺いければ、かの轡の音近くきこえ、庵のまえにて鳴りやみぬ。
馬上の人、馬よりおるると覚えて草ずりの音がらがらときこゆ。
さては亭主の帰りたるならんと、ふすまの影より望めば齢壮年の男、白く器量さかんなるが紅の銚巻をしめ、白糸おどしの紅ひたたれに、白枝のなぎなたを携えあみ戸をあけて内へ入りぬ。
かのおんな立出で「今日の首尾ばいかが」と問えば「ああ無念こよいもかなわず」とて涙をながしぬ。
さて踏石に草鞋二足あるを見て、そのよしをとえば、
女房「されば今日、旅の修行者とて御僧二人わたらせたまうを結縁のため宿し参らせてそうろう」といえば
男「それはいずくに渡せたまう?」というをきいて二人の法師、ふすまを引あけ
「我々にて候。御るすにて候いしかども道にまよい日もくれ一夜の宿を申しうけ、旅の疲れをはらしゆるりと休息、かたじけなき」よし申せば
男、二人のはなしを聞て
「さてさてうらやましきおのおのの境涯。誠に我ら御僧一宿の結縁によって罪障を滅し、苦患をまぬかるべしとありがたく覚へ候」とてさまざまにもてなしければ、
二人の道心「さるにても君にはいかなる御方の閑居にてかようの所には住せ給うぞや、御名をばなのらせ給えといえば、
夫婦ともに涙をうずめ「もうすにつけてはずかしけれど、それがしはいにしえの曽我の十郎祐成、これなる者は大磯のとら。
二人がからだは裾野が原の露ときえしかど、魂魄は数百歳の瞋恚・邪淫の罪に引れてかく修羅道のくるしみを受侍るなり。
さるにても我が弟の五郎時致は幼少より箱根にすんで毎日法華講読の功力に引かれ、今人の世に立帰り甲州信州二ケ国のあるじ、武田晴信入道信玄となれり。
然れども隔生即亡のことわりによって前生の事をしらず。
願くば御僧此事を伝えて追善をなし、我跡をとわせ成仏を得せしめたまえ」
と則ちしるし(証拠)に金の目貫をわたすを、二人の僧にあたえて、
「もはや夜もいたく更けねれば暫くまどろみつかれをはらしおわしませ」と
四人一敷にうたたねして、松ふく風の音におどろき枕をもたげてあたりを見れば四阿屋作りのやかたと見えしは枯野に残るすすきとなり、あるじの姿と思いしは苔累々たる石塔のまえ。

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 00:09:08.79 ID:5gnMyZOH
二人忙然とおき上りて富士山よりの下向道に直に甲州へ立越え、しるしの目貫をもって右の通り申しければ、信玄すなわち対面ありて
懐中より目貫の片し(かけら)取出し今の片しに合て見れば、金も模様も一具(一致)して寸毫も違わざれば、信玄なみだをながして幽霊の追善の為、
千部の経を書写して千僧を以て供養し、其後かの二人の僧をさまざまもてなし都へおくり返されぬ。
されば信玄程の物に動じぬ大将の何とて目貫の一具したればとて、世に類おおき証拠をもってかくまで信ぜられしぞと、その因縁を尋れば
此人誕生のおりふし左の手をにぎり、いろいろ開けども終に其ゆび延びず。漸く七月目に至ておのずとひらけ、内に此片しの目貫をにぎり居給えり。
何とぞ子細あるべしとて深く此のさたを世に秘し給いしが、今の目貫と一具せし故うたがいもなく証拠に用い給いしと。

今日は西暦だと武田信玄公が誕生してちょうど五百年目ということで
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-12434.html
武田信玄は曾我時致が再生といふ説

ここにも短く語られている、曽我五郎時致、信玄に転生という再生譚の詳しいバージョンというか膨らませたバージョンを。
上でも突っ込まれているように「父の仇討ちをするような孝行息子の曽我五郎が転生後に父親を追放するとかおかしいだろ」
という気はするが



834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 09:54:39.50 ID:m+4jFp9Q
未だに晴信が邪心によって父を追放して家督相続したなんて信じてるやついるんだな
大河ドラマ見過ぎで虚構と現実の区別がつかんらしい

835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 10:25:20.77 ID:5gnMyZOH
別に邪心から、とは書いてないが
平山優は、信虎の甲斐統一や異常気象による大飢饉によって国内が疲弊し代替わり徳政が求められていたのをうまく利用した
としている
理由はどうあれ父親を追放し、少なくとも信玄が死ぬまでは帰さなかった以上は(勝頼の代で帰還の話は出たが頓挫)孝行息子とは言えないだろう。

836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/01(水) 11:36:14.87 ID:5wjl4O3Y
家臣が反対してたら帰還できないよ
そもそも家臣に擁立された当主なんだし何でも思い通りに出来た人とは違う
主権強化目論んで追放された能登畠山氏とどこか似てる
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    追放つっても着の身着のままで放り出して野垂れ死にさせたわけじゃないからなぁ。
    武田家を維持する為の方策として適切だったならむしろ親孝行とすら言えるんでは。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    弥彦神社の謙信の願文でも「武田晴信悪行の事」と信玄の悪事をいろいろ挙げ
    信虎追放も孝義を失ってると非難しているから(乞食になって諸国を流浪とか大袈裟にしてるが)
    さすがに親孝行扱いは無理がある

  3. 人間七七四年 | URL | -

    まあ大名だった人でも本気で迫害されたら死因が餓死とかざらにあるからな
    非情にはなりきれなかった感はある

  4. 人間七七四年 | URL | -

    当時の武田家中の状況が分からないから確証はないけども。仮に信虎が求心力を失っていて、家臣の謀反や信虎派と晴信派で戦が起きかねない状況だったとしたら、無血の追放は一番穏便な方法だったのではないかと。だから、追放=親不孝と簡単に言えないんでは、と言いたかった。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも生かしたまま今川家に預けるのも、内乱なしで家中を収める&義元にしてみたら武田に恩を売れる上にいざという時の介入の道具を入手できる、
    という関係者各方面メリット込みのことなので
    非情かどうかなんて単に信虎が雑に扱われなかっただけのことでは読み取れない

  6. 人間七七四年 | URL | -

    カテゴリが武田信玄、草子のタイトルが金○、冒頭から世を憂う青侍2人…

    …そういう路線を期待して読んだ僕も、法華経の功力でどうにかしてもらえるかな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    兄弟の契りを結んでたり、同じ字を名前に入れてたり、この二人はそういう関係なのは間違いないと思うw
    「四人一敷にうたたね」を意味深に感じてしまった俺は救いようがないですね…

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