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『厭離穢土欣求浄土』の御旗は

2021年12月05日 18:53

847 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/05(日) 15:43:02.88 ID:k5YE3OPJ
徳川家の『厭離穢土欣求浄土』の御旗は、永禄五年の秋、三州一向宗の佐々木上宮寺、針崎正満寺、
野寺本称寺らが一揆を起こし、この時徳川家御譜代の面々も大勢、宗門のために数代の主君を捨てて
一揆に与し、家康公へ弓を引き、同七年九月に至るまで合戦止む時無かった。
また今川家によって三州に城を構えた勢力も、一向宗に一味した故に、徳川家の軍勢は大いに危うかった。

家康公は御菩提寺である三州浄土宗。大樹寺の住職である登誉上人に加勢の事を御頼みあった。
和尚は畏まって、浄土宗の寺院にも相触れ、その結果檀那の中の武士たるものは申すに及ばず、百姓町人に
至るまで馳せ集まり、その勢は千人余りに及んだ。

この時、和尚は自筆にて徳川家の旗に『厭離穢土欣求浄土』と書かれた。
この旗を真っ先に押し立てて一揆の中に攻め入り、死を軽んじて戦うと、一向宗は敗北し
徳川家の勝利と成った。

この文は生を軽んじ、死を幸いにする事を示す内容である。これはその始め、一向宗一揆の時に、
上宮寺の住持、吾檀那の輩が兜の真ん中に『進足極楽浄土 退足無間地獄』と書いたということより、
浄土宗の者達に対しても、この句を書いて死を勧めたものなのだという。

新東鑑



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こういう逸話があるから
    浄土真宗では都合悪く一向宗に改変してるのか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    何も都合悪くないでしょ

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