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私は若き時より、敵に向かって臆したことは

2021年12月08日 17:38

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2021/12/08(水) 12:12:17.53 ID:+KDTAwgV
黒田長政の家老である黒田美作一成は、幼名を玉松、後に三左衛門と呼ばれ、晩年に美作と改め、隠居して
睡鴎と号した。彼は肥前島原の役の時に六十八歳であったが、正月十七日、福岡を出陣し島原に至った。

この時、松平伊豆守(信綱)は軍議をしようと彼を召したが、美作は先に城下を打ち廻ってよくよく地勢を
見終わってから、伊豆守の陣所へ行き、
「今日ここに至り、もし愚意を問われても当城の形勢を知らなければ何を申し上げることが出来るでしょうか。
所々を行って廻り見分仕ったにより、すぐには参上しませんでした。」

このように申すと、伊豆守も「さすが老功の者」と賞美した。そして城へ乗り込む時期について問われると、
こう申し上げた

「只今、城へと乗り込むのは然るべからず。この城を力攻めにすれば、勿論即時に乗っ取ることは
出来るでしょうが、敵の弾薬も沢山あり、寄せ手に多くの死傷者が出るでしょう。今はただ取り巻き
兵糧攻めにして、弾薬を徒に尽きさせ、食も尽き、疲弊した時に乗っ取る事こそ然るべきです。

これについて、もし敵を恐れて申しているのだと思われるかも知れません。しかし私は若き時より、
敵に向かって臆したことはありません。現在、他に変は無く、孤立した一揆の孤城に対して
御人数の死傷者が多いというのは宜しからざる、そのためこのように申しているのです。」

これに伊豆守も諸大将も、一成の意見に同心したという。

志士清談



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こんな大ベテランがいたらそりゃ頼もしいな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ほかに西国無双さんもいたんだよね?
    幕府の威信を示すためにも完勝しなければならない戦だからね
    オールスター布陣で挑まねば…

    なお板倉さん…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    鍋島「現場に近く実戦経験豊富な我が家が最も有利!一番槍もゲットしたし論功行賞が楽しみやなあ」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    そしてみんな黒田忠之の指示を聞かない...

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