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「博多細伝実録」より僧高要の祟り

2022年01月06日 19:21

264 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/06(木) 18:19:38.97 ID:7ZpPPo9o
博多細伝実録」より僧高要の祟り

忠之の短慮についてであるが、天台宗の僧・高要という者が太宰府の近くの寺の別当をしていた。
この出家は破戒僧であり、十六才の寺衆の美婦を小児姓といつわって仕えさせていた。
ついに目付けにばれ、本来ならば遠島を申しつけられるところを、
忠之により、法外不仁であるということで生きながら骨を割られ殺された。
忠之は城より二里半ばかりの崇福寺に、毎月祖父如水の忌日に寺参りをしていたが
暁方に馬で向かったところ、高要法師が忽然として煙の人形のごとく馬の前に現れ白眼をむいた。
忠之が「坊主めが、推参なり」と言うや煙の如く消失した。
高要の死から一年もしないうちに、高要の破戒を見出した目付けはもちろん、その時とらえた場に居合わせた者十三人が一人も残らず死んでしまった。
そこで福岡の大工町に一社が建立されたが、色道の罪で殺されたため、誰ともなく縁切りの願いを叶えてくれる、ということになった。



269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/10(月) 01:02:57.34 ID:ll8UQZEV
>>264
の僧高要の話についてまとめサイトのコメント欄で質問があったので調べたら異説があった。
博多細伝実録」には「霊を福岡大工町浄念寺の間に社を建立の者為て高要権現と称し」
と書かれていたが、福岡市中央区大手門2丁目(かつての大工町)に存在する浄念寺について福岡市中央区のHPで見たところ、
境内には空誉上人を祀る空誉堂があり、後藤又兵衛の身代わりになって黒田忠之に処刑された、としていた(長政ではなく)
また、中央区の「今泉天神通りの3か寺」のページだと、
安養院の寺小姓を気に入った忠之が差し出させようとしたところ
住職の空誉上人が断ったため釜茹でにしたとしていた。
実際「博多細伝実録」だと「骨を刻、体?を鋳(に)こみ」と書かれているようなので名前も近いし高要=空誉と思われる。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    十六才の寺衆の美婦を小児姓といつわって

    当時の僕っ子になるのかな?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    煙のようにあらわれて
    煙のようにさっていく~♪

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >目付けはもちろん、その時とらえた場に居合わせた者十三人が一人も残らず死んでしまった。
    その場にいただけでも死ぬってすごいな。祟り神は祀れば強力な加護があるっていうから(反面、おろそかにすると強烈な罰が当たる)祀られたんだろうな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なお、定法から逸脱した厳刑を下した忠之は祟られん模様

  5. 人間七七四年 | URL | -

    この社があったという大工町はいまの大手門1~3丁目あたりのようだけど、
    目ぼしい神社はなさそうですね。今はなくなったのか、移設されたのか?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    269訂正
    骨を刻、体を鋳(に)こみ→骨を割、鉛を鋳こみ
    背骨を割られて融けた鉛を流し込まれた
    の解釈が妥当と思われます

  7. 人間七七四年 | URL | -

    えええぇ?

    寺小姓を差し出すのを拒んで処刑されて寺小姓から尊崇された和尚と
    寺小姓の美婦をもてあそんだ破戒僧とを
    発音が似ているからって同一視はどうかなぁ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    「博多細伝実録」によれば高要の社が大工町の浄念寺境内にある、また処刑については忠之により骨を割られ鉛を鋳りこめられた、とされている
    現在、大手門2丁目(かつての大工町)の浄念寺境内には空誉堂があり、そこに書かれている縁起によれば空誉上人が忠之により背骨を割られた上、熱く煮えたぎった鉛を流されて殺された、としている
    また空誉上人が殺された理由については寺小姓に関するという伝承が安養院にはある

    名前以外にこれだけ付合している以上は同一人物か、あとはほかに忠之に処刑された高要という僧がいて、博多細伝実録の作者が両者を混同した可能性くらいかと

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