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今後斯様の儀は御無用に候

2022年01月22日 17:34

973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/22(土) 17:11:02.28 ID:gBV29mvz
大阪冬の陣に於いて、大阪方は博労淵、福島等の出城が幕府方によって敗れたため、
「天満、船場の両町も如何あるべし、この上は両町をも(幕府軍に取られる前に)焼き払うべし」と、
評議し、その方面に在った大野主馬に、軍勢とともに大阪城内に引き取るよう言い送った。

主馬はこれを聞いて、「我万夫に先達て横行の勇を振るわんと志した上は、節に当たり義に臨み、
命を惜しむべきではない!然りと言えども、事に臨んで恐れ、謀を好んで成すのも勇士のする
所である。暫く船場の出城を退かん。」と、十一月晦日に天満四町に火を放って城中に引き退いたという。

或る記に、天満を自焼の時に、何れも旗指物等を、皆打ち捨てて城中へ引き退いた。しかし塙団右衛門(直之)は
少しも驚かず

「自火なのか、もしくは敵方より火を放ったのか見届けるべし。」

と、馬に乗って出て篤と見定め、「自火に相違なし。雑具は捨つるとも、馬物具を捨つるのは武家の恥である。」
と下知し、心静かに本町橋へかかり、城中に入らんとした。ここは織田左門頼長の持口であった故、その
家臣である今中左馬助が罷り出て人数を改めていた所に、織田左門も一騎駆けに馳せ来て、団右衛門を見ると
「其の方の所為にて斯様に及ぶこと、言語道断である!」と申した。これに団右衛門は立腹し

「如何程の軍陣を勤めたとしても、陣払も致さぬ先に、自火する法は承り申さず!諸軍はこの騒動のために
諸道具以下を捨て置き、その見苦しき有様は是非なき事である。さりながら私の組は、兵具少しも
取り落とさなかった。今後斯様の儀は御無用に候!」

と申したという。

新東鑑

大阪方の混乱した撤退を嗜める塙団右衛門のお話。



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