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豊臣家二世にして、亡ぶべき時至る

2022年01月25日 17:00

286 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/24(月) 20:30:23.62 ID:mtcjsHOY
大阪冬の陣の和睦の時のこと

或る本に、この時真田左衛門佐(信繁)は秀頼公を諌めて

「敵味方、甲冑を脱ぎ万歳を唱えています。
今宵、敵の虚に乗じてこれを討てば勝利必然であり、両御所(家康・秀忠)を打ち取ること、
掌の中です。」

そのような事を申したが、淀殿の仰せに
「今日和議を約したというのに、言下に違変などできるわけがない。」
と、御承引無かった。真田は再々諌めたが、織田有楽、大野修理亮などは頻りにこれを制止した。

そのような中、真田は間諜を以て両将軍の陣営を窺ったが、それによると両御所も予めこれを慮って、
三軍の守りは非常に厳整であり、もし誤って城兵が夜襲すれば、たちまち粉々にされてしまうだろう、
との事であった。

これを聞いて真田も大いに感じ、豊臣家二世にして、亡ぶべき時至るを嘆いたという。

新東鑑



287 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/24(月) 21:34:08.49 ID:HJjNCmQ0
ええと、つまり真田のこわっぱ程度の悪だくみなど、
神君はまるっとお見通しだったって悪い話?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これじゃあ関東大坂勢の中で信繁だけが馬鹿みたいじゃん。。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ほぼ勝ちの講和をしていながらわずかの油断もない徳川方と、ほぼ負けの講和をしていながら逆転の策を練ろうともしない豊臣方を見て、信繁が豊家の滅亡を悟ったという話だろ
    なぜ本スレの287や※1みたいな感想が出るのかわからん
    まあ、豊臣方の中で信繁一人が時局を正しく見ていて馬鹿みたいという感想は分からんでもないが

  3. 人間七七四年 | URL | -

    いや、勝利必然とか言っておきながら、全く付け入る隙がなかったからだろ。愚策を必死に説いていたんだから。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    万が一家康と秀忠の首取れたらまだ良い(?)が、仕掛けておいて相手は守りガチガチなんで戦果は挙げられませんでしたなんて結果になったら、大坂にはデメリットしかない
    一時的とは言え和議結んで交渉や土下座の猶予は貰えてんだから
    やっぱりこの逸話だと信繁の進言が一番悪手としか思えん

  5. 人間七七四年 | URL | -

    万が一、両御所の首とったとしても大阪方に寝返る、
    もしくは徳川方に反旗を翻すような勢力ってそんなにあったかね

    それがなければ大阪本能寺とは違って孤立無援のままだが
    所詮は信濃の田舎小大名の次男坊で長期戦略的展望は育たなかったんかな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    出典が関東視点なんだからそんなに責めてやるな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    勝って兜の緒を締めよ
    を口酸っぱく言ってる家康が油断するわけがない

  8. 人間七七四年 | URL | -

    夏の陣であれだけやれたのだから、夏の三倍はいる冬の陣の兵力で野戦やっていれば正面からぶつかっても家康秀忠の首くらいとれたのにな。
    それができなかったのが秀頼の限界なんだろう

  9. 人間七七四年 | URL | -

    冬の陣で首が取れるって城や砦があっても一方的に押し込まれたのに夢見過ぎじゃないかな?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    真田は徳川なんかの戦国の生き残りにとっては和約後に奇襲をかけるなんて当たり前のことだが、
    豊臣の上層部は考慮の余地もないほど頭お花畑になってたって話だろ。
    銀英伝に似たような話があったな。

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