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唐人の智謀おそるべし

2022年01月27日 15:04

沈維敬   
289 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/01/25(火) 21:01:41.98 ID:FAwjF8BT
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http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-13318.html

朝野雑載」を読んでたら過去にも↑で出ていた沈惟敬の丸薬の話もあった

慶長元年八月、大明より正使楊方奇、副使沈惟敬、ならびに朝鮮の両使、同じく渡海して、泉州境に着く。
九月二日、伏見の城にて大明の冊使に対面あり。
しかるに沈惟敬懐中に丸薬を持ちて常にこれを服用す。
太閤の御前へ出だし時も、紙の袋を懐中より取り出してかの薬を呑みければ、秀吉公御覧ありて
「汝は何薬を服するや」と尋ね給う。
沈惟敬がいわく「日本と朝鮮の国争いにつきて、その扱いに大唐よりはるばるここに来たる儀なれば、
もし病死仕りてはそのこと叶わず、大事の使いにて候ゆえ、養生のため唐帝より調合して与えられたり。
これは平人の調合することならぬ薬なり」と申す。
秀吉公きこし召され「その薬少し我に与えよ」とのたまう。
沈惟敬がいわく「やすき御事なり。さりながら他国より来たる我らが薬なれば、大将たる人のそこつにもちい給うべき事にあらず。
ただ誰人にてもこれをのませられ、ほど経てその様体をお尋ねありて、その後御所望と御座候えば、進上仕らん」と申す。
太閤「もっともなり」とのたまい、かの丸薬を近臣両人にのませ給う。
十日ほど過ぎて様子お尋ねありしに、
かの両人「気力はなはだ強くなり、気色ことにはれやかなり」と申し上ぐる。
さては沈惟敬が申すところ、偽りにあらずとて、件の丸薬御所望ありてこれを用い給う。
その節加賀大納言利家卿、小早川隆景卿、両人へも下されけり。
しかるに隆景は慶長二年十二月に逝去あり。
太閤は同三年八月に薨去なり。
利家は同四年三月に逝去せらる。
おのおの同じ様なる病気にて死に給いて後、筋ゆるみ骨の節々はなれ、五体崩れ損ずること、三将みな同じことなり。
はじめにこころみに呑みたる近臣両人も三年過ぎて死す。かれが死に様同前なり。
その頃諸人これを聞きて、唐人の智謀おそるべしといいあえり。
後にまた、日本に来たりし遊撃といいし者はかの沈惟敬がことなり。



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    あれだけ人という人を信頼してこなかった秀吉がぽっと出の中国人なんか信用するものかよ

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