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殿様というのは、左馬助か

2022年02月18日 16:17

19 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/02/16(水) 20:53:30.92 ID:viqLlJY4
悪い話スレで塙団右衛門の話が出ていたので後藤又兵衛基次の話を書こうと思う。

愛媛県松前町、後藤又兵衛生存伝説
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5158.html


後藤又兵衛が生存しており、旧知の加藤嘉明を頼って伊予へ逃れたという逸話は既に出ているが、
伊予へ逃れた後藤又兵衛加藤嘉明のお話。

1615年(慶長二十年)の大阪夏の陣で大阪城に攻め寄せる徳川家康軍に対して、道明寺の戦いにおいて後藤又兵衛は戦死をしたと伝わる。

しかし当地に伝わる言い伝えでは宮ノ下(現在の愛媛県伊予市)にある長泉寺の住職が伯父であったので、
後藤又兵衛はそこを頼って各地を旅してまわる旅僧の姿となって伊予へと落ち延びてきたという。

そして久万の山中にある岩屋寺(愛媛県上浮穴郡久万高原町)に隠れ、そこで日々座禅をして過ごしていたという。

ある日のこと、この地を治める加藤嘉明が岩屋寺を訪れることとなり、先走りが寺を訪れ僧達に向かって境内を掃除して清めるように伝えたところ、
この時本堂で座禅を組んでいた又兵衛はこれを聞いてかっと目を見開き

「殿様というのは、左馬助か。」

と、先走りに聞こえる声で呟いた。これを聞いた先走りは無礼な奴だと思ったが、只者ではない雰囲気を放つ又兵衛の様子を見て何も言わずに引き返し、
三坂峠で休憩していた加藤嘉明の前に出ると、このことを報告した。

報告を受けた嘉明は

「もう引き上げじゃ。帰るぞ。」

と言い、岩屋寺へ赴くことなく引き上げたという。その理由は明らかではないが、又兵衛が岩屋寺へ居るのでないかという情報は
その耳にも入っており、親友であった又兵衛を捕えることになるのを忍びなく思った嘉明は引き上げたのではないかとも言われている。

この後又兵衛は伯父のいる長泉寺へ移りそこで地元の人たちと打ち解けこの地で生涯を終えたという。

今では又兵衛のことを書いた碑が長泉寺の境内にあり、その墓といわれるものが長泉寺の下手にある大塚家の屋敷の中にある。
この墓の中には又兵衛が大事にしていた半弓や種子島などもいっしょに葬られてあったという。

なお、又兵衛の笈(旅僧などが、いろいろな物を入れてせおう箱)だけは長泉寺に残されていたともいわれる。

またある言い伝えでは、又兵衛は伯父に迷惑をかけてはいけないと、弟の市郎左衛門の名にかえ、弟になりすまして
松前の筒井に移り住んで妻をもらって帰農したともいう。

そして、重信川の大水で荒れた土地を開いたり水を引くようにしたりして村人のために広い良い田を作ったので、
たいへん喜ばれたともいい、又兵衛夫妻の墓といわれるものが筒井の大智院(伊予郡松前町)にもある。

データベース『えひめの記憶』伊予市誌 四〇、後藤又兵衛 (宮ノ下)より
https://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:3/35/view/10150

四国八十八ヶ所霊場 第四十五番札所 岩屋寺
https://shikoku88-iwayaji.com/about.php

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20 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/02/17(木) 01:22:17.90 ID:SFDxaC0D
岩屋寺の女仙人、弘法大師と術比べしたって聞いたけどそこまでは書いてないようだ
岩窟まではハシゴを登ると行けるけど、5mあるから行く時は気をつけよう

21 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/02/17(木) 21:03:30.61 ID:NCzx1Yos
>>19
この逸話、又兵衛の五男である後藤吉右衛門基が加藤嘉明に仕えてたという縁からだったりするのかな?
加藤家の会津転封にはついて行かずに伊予に土着して医師になったそうだし。

22 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/02/17(木) 21:06:36.83 ID:NCzx1Yos
>>21
後藤吉右衛門基芳
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    博多で処刑された空誉上人も後藤又兵衛の伯父という説があるけど
    この又兵衛に出家した伯父がいる、ていう話が混同された結果だったりして

  2. 人間七七四年 | URL | -

    又兵衛が逃れて帰農したという場所は伊予でも伊予市がある中予地方で、医師になった五男が屋敷を構えて住んでたのは讃岐との境にある川之江、今の四国中央市がある東予地方。

    後に移り住んだにせよ、関連性が有る土地とは言えなさそうね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    もう秀頼も真田もみんな、生存説のある人は全員無事に落ち延びました♪でヨシとしましょうよ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    各地の殿様が怪しげなおっさんや爺さんから呼び捨てにされてしまう

  5. 人間七七四年 | URL | -

    そういえば武田四郎勝頼もひそかに落ち延びて香宗我部氏を頼って土佐に居住、改名して慶長十四頃まで健在だったとか。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※3殿
    谷山の人達が迷惑被るのですがそれは。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    個人的なイメージで申し訳ないのだけど、後藤又兵衛が他人に配慮したり打ち解けたりという時点で
    嘘臭ぇと言う印象にしか思えなかったw

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