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矢田作十郎の鯉の兜

2022年02月28日 21:10

74 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/02/27(日) 22:01:05.36 ID:4i6LJsXj
そして室鳩巣の「鳩巣小説」から矢田作十郎の鯉の兜の話

権現様の御時、矢田作十郎と申す武勇の士あり。
阿部四郎五郎、作十郎にいいけるは
「その方、鯉の立ものの冑はさりとては見事なり。我にかせよ。
その冑を着て働かん」という。
作十郎いいけるは「腰抜けのいい分なり。さようなる腰抜けにはこの冑着すること叶わず」という。
四郎五郎気色損じて、腰抜けの仔細聞かんとて、すでに事出来んとす。
その時作十郎言いけるは「わが冑くれよといわば取らすべし。
かせよというは返さんということなり。
しからばその方は戦場に出る時、生きて帰る心得にてあらん。
この作十郎はこの冑を着て、ついに二度生きて帰る心得にて戦場に出ることなし。
この冑、その方かようなる腰抜けの覚悟のものは不相応なり」という。
その時阿部も流石のものなれば、ことのほか誤りたりとて謝しける。
士は一言も不吟味なるこというまじきことなり。
さて四郎五郎、右の冑を着て戦うに、敵見つけ、「いつもの鯉の立物ほどに武者ぶりなし」という。
その後、その冑を返すに死鯉になるとてうけとらず。
四郎五郎その働きの時、一緒に居合わせたる者どもに「少しも臆してるしかたはこれなき」といわせければ、その時右の冑をうけとりしとや。
作十郎はのちに、一揆(三河一向一揆)に与して権現様へ敵対して家滅せぬ。惜しきことなり。




75 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/03/01(火) 16:39:19.38 ID:nazOGvJI
>>74
阿部四郎五郎(阿倍忠政)は大久保忠世の従兄で、阿部氏に婿入りした人物。
あの面倒くさい大久保氏の人間と、さらに面倒くさいやり取りをする三河武士とは・・・

阿倍忠政
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%80%8D%E5%BF%A0%E6%94%BF


あとは逸話を事実とすると、1560年ころには既に人目を引くような甲冑の飾りが流行ってたってことか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    矢田作十郎の居城跡の会下城には埋蔵金伝説があるらしいが詳しい話ないかな…

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