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週間ブログ拍手ランキング【04/14~/20】

2022年04月20日 15:34

04/14~/20のブログ拍手ランキングです!


「八幡の藪」事件 13

奇怪の至りである! 12
父には似ざらる者かな 12

「鑓」について 11
「鑓合わせ」について 8

小幡景憲が又聞きした有名な信長のパワハラ 付、権六も被害に 6
武田信玄が永禄十三年十一月九日に書いた起請文より 6
飯見大膳と一族が気の毒な話 3



今週の1位はこちら!「八幡の藪」事件です!
河野氏遺臣による秀吉暗殺の企て、のお話。河野氏と言えば平安、鎌倉以来、伊予に勢力を張った由緒ある家ですが、
秀吉の四国征伐の折に方針が定まらず籠城し、そのため取り潰されてしまいました。当時、家中も毛利派と長宗我部派に
分裂していたことが原因だったようです。
まあこれだけならこの時代の大名、国衆ならよくある話とも言えますが、河野氏旧臣についてはこのお話や、コメントに
ありましたが、雲龍閣事件など、秀吉の暗殺を目論むお話が残っているようです。
これらが事実かどうかは別として、こういったお話が残された背景として、伊予河野最期の当主となった通直が、降伏後
秀吉の命によって切腹させられたのではないか、という説が有ります。通直の死と同じ頃、 同じく伊予の戦国大名であった
西園寺公広が、旧臣たちによる検地反対の一揆を理由に、戸田勝隆によって謀殺されており、新しく入ってきた
秀吉勢力の伊予統治がうまくいかない事から、反乱の芽として摘まれたのではないか、という説です。
無論この説は現時点ではあくまで推測であって、具体的な根拠があるわけではないのですが、河野氏旧臣のこのような
逸話が残っているというのは、そういったことが或いは認識されていたのかもしれないな、と思わるものでもありますね。
まあ最終的に河野勢力は関ヶ原時に、毛利との関係の深さから西軍に味方し、結果としてとどめを刺されるわけですが。
色々と想像も膨らむお話だと思いました。

2位はこちら!奇怪の至りである!です!
こちらは大阪夏の陣で、家康から個人的武勇を成そうとするなと釘を差されていたにもかかわらず、結局やってしまい
家康から叱られたというお話です。実に水野勝成らしいお話ですが、それでも家康は何のかんので報奨を与えている
事が面白いですね。親族でもある勝成への甘さと言うべきか、戦場における部隊としての功績は考慮したと言うべきか、
ただまあ、良くも悪くもこの手の家康のある種の甘さ、良く言えばバランス感覚が、この時期の安定に一役買ったという
気はします。
しかし家康の直々に叱られたというのも、江戸期にあってはその家の名誉の一つだったのだろうな、なんてことも
思った内容でした。

今週は同票でもう一つ父には似ざらる者かなです!
こちらは本多忠朝についてのお話。忠朝という人はこの手の、父・忠勝と比較されるようなお話がやたらとあり、
結果としてそれに追い詰められたように、大阪夏の陣で討ち死にしてしまうわけですが、こういったお話を見ると、
そのことについての同情も多く有ったのだろうな、なんて感じます。
彼は父・忠勝の上総大多喜5万石を継承しており、江戸にも近いこの地域を任されたということは、信頼や期待も
大きかったと思われます。忠勝との比較も、そういった期待の裏返しであったのかもしれません。
本多忠朝は、大坂の陣で討ち死にした幕府方の人物の中では一番の大物ですが、それゆえに後世、様々に
語られた面もあったのでしょう。そんな事も感じたお話でした。



今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつも本当にありがとうございます!
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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