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【ニュース】最上義光、やっぱり長身だった

2022年06月28日 18:22

532 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/06/27(月) 17:15:18.86 ID:ubDy3UJz
最上義光、やっぱり長身だった 山形大・松尾名誉教授「奥羽永慶軍記」で確認 山形新聞2022/06/25
https://www.yamagata-np.jp/news/202206/25/kj_2022062500674.php

初代山形藩主・最上義光の身長が180センチ以上と長身だったことを具体的に記した史料が存在することを
山形大の松尾剛次名誉教授が確認した。史料は義光が生きた時代の東北地方を描いた「奥羽永慶軍記」で、
東京大史料編纂所のデータベースから見つけた。同軍記から引用して義光の容姿に触れた本はあるが、
具体的にどのページを引用しているか分からなかった。今回の発見で義光の長身伝説が裏付けられた。

同軍記は天文から元和年間の東北全般の群雄争乱の跡を書いた軍記物語。義光の容貌が記されているのは
「巻二十五」の前半で、豊臣秀吉の命令で全国の大名が朝鮮出兵のため京都をたつ場面だ。
政宗の身長は以前、埋葬されている墓の発掘調査で159センチだったという結果が残っている。同軍記の記載と
矛盾がないことから義光の記載内容も「信ぴょう性が高い」と松尾名誉教授。義光は使っていた指揮棒が
刀2本分の重さで、背が高く、怪力だったとのエピソードが残っているがこれまで裏付ける史料が確認されていなかった。

同軍記は現在も活字本が流通しているが、内容が割愛されている部分も多く、今回松尾名誉教授が確認した
義光の部分はない場合が多い。理由について松尾名誉教授は「まず自筆本が現存しない」と指摘する。

(中略)

奥羽永慶軍記 秋田藩(現在の秋田県)の郷土史家戸部正直が記した軍記物語。元禄11(1698)年にまとめ上げた。
当時の東北地方の史料が少なく、物語ではあるが多くの歴史家が引用している。

※山形新聞ウェブサイトはPCからなら全文無料閲覧可ですが、スマホからだと有料です

533 名前:人間七七四年[] 投稿日:2022/06/27(月) 17:20:01.16 ID:ubDy3UJz
一応、一番下の永慶軍記の解説の通り、軍記物というのは承知の上であえてのお話でありますので・・・



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    「やっぱり」なんだ
    そんな印象全然なかった

  2. 人間七七四年 | URL | -

    最上義光とか太田康資とか、得物が物騒な武将はデカいイメージがある

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >1
    最上記の高湯(蔵王)温泉山賊退治で「こどもの頃から体格に優れ」云々の表記もある

  4. 人間七七四年 | URL | -

    そばに寄って見れる歴史館の兜鉢も大きいし
    想定範囲内

  5. 人間七七四年 | URL | -

    長身筋肉ダルマの謀将

  6. 慶次郎 | URL | -

    花の慶次

    なにげに150cm台?宮坂考古館の鎧は傾いて入るが、大きくはなかった。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    最上義光と藤堂高虎が二大長身知将だな。
    高虎さんは180cmどころか190cmはあったようだが。

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