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「武家閑談」から小田原の陣での家康と信雄

2023年03月06日 19:44

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/06(月) 12:43:20.98 ID:Y3zjxpvb
武家閑談」から小田原の陣での家康と信雄

天正十八年(1590年)三月二十八日、太閤秀吉公が三枚橋に御着陣されたため、先手の諸大将が浮島が原までまかり出た。
織田信雄公、権現様も同じく御辺に出られた。
秀吉公は金小札糸緋威の鎧、唐冠の兜、金の大熨斗付きの太刀二振を帯し、金の土俵空穂の上に征矢一筋を付け、作りひげをつけなさっていた。
仙石権兵衛が進上した朱滋の弓をお持ちになり、金の瓔珞の馬鎧をかけた七寸の馬に乗られていた。
供の面々は異類異形の出立ちで、千利休は金の茶筅のついた七節のえつるを指物とし、極の口(樋口?)石見は鼓の筒の指物、狂言師の番内は三番三(三番叟)の装束で、その他さまざまな出立ちであった。
権現様、信雄公はお進みなさり、ことに信雄公は秀吉公の主筋であるため乗り打ちはどうしようかと思しめした。
その上、両大将とも小田原との内通の雑説もあるため、礼儀とはいえ御両将の前で秀吉公は馬からひらりとお降りになり、太刀を御手にかけ
「信雄、家康逆心と承る。立ち上がられよ、一太刀参るぞ」とおっしゃった。
信雄公は赤面して言葉が言えなかった。
権現様は諸人に向かい
「御陣初めに太刀に御手をかけられるとはめでたいことです。何もかもめでたい」
と高らかにおっしゃると、秀吉公は何も言わずに御馬に乗り、お通りになった。
諸軍は権現様の御智勇に感心した。



702 名前:人間七七四年[] 投稿日:2023/03/10(金) 13:19:38.82 ID:AqPhcBaW
>>699
こういう掛け合いができるから、秀吉も家康を信頼したんだろうな。

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2023/03/10(金) 15:19:04.75 ID:w0q880jL
馬鹿だなあ 無能だったら潰しやすいのに
有能ゆえに扱いに困るんだわ
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