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桑名弥次兵衛吉成の筋の立て方・いい話

2009年02月26日 00:18

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/25(水) 21:43:08 ID:NTUb0dEY
長宗我部家臣に桑名弥次兵衛吉成という人がいた
元親の側近として頭角を現し、若くして重臣に列した
数多の武功を挙げ、元親は盛親に「わしの死後も弥次兵衛を先陣に」と遺言している

さて、関ヶ原で去就を誤った長宗我部家は改易され、土佐には山内家が入る
国外に去った吉成は、縁のあった藤堂高虎を頼った
高虎もまた吉成を高く評価し、二千石で召抱えた
吉成は禄の一部を、困窮する盛親へ送っていたという

そして、1615年
何の因果か、両軍は大坂八尾にて激突する
後の無い長宗我部軍は奮戦、藤堂軍は壊滅状態に陥った
盛親のもとに集った旧臣達は、吉成を発見して口々に罵った
「桑名め、譜代の主君に仇をなす輩だ、討て討て!」
吉成は窮した
厚遇してくれた高虎にも、かつて重用してくれた長宗我部家にも恩義がある
周囲に殺到してきた敵兵を前に、吉成は槍を取らず、無抵抗で討たれた
「新旧の主に筋を立てたものだろう」
大坂方は感じ入り、彼の首を三宝に載せて梟首した




256 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/25(水) 21:48:29 ID:hP1oaepa
旧恩を立てれば新恩が立たず、
新恩を立てれば旧恩が、

武士も難儀な商売だねえ。

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/25(水) 21:52:41 ID:8xTmSFsb
>>255あーあった桑名弟か息子の悲しい話やね
(たしか桑名一族の主だった武士は悉く戸次川で枕を並べて討ち死にしてもーたような…)
結果的に生き残ってしまった弥次兵衛が一族と旧主の両方を支えなきゃならん
藤堂さんが扶持をくれるなら面子もへったくれもない、それで食いつなぐしかない状況だったはず



なんか司馬遼太郎の小説で読んだ希ガス
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これは酷い手詰まり・・・どうしろっていうんだこれ・・・

  2. 人間七七四年 | URL | -

    これぞ忠義の人だねえ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    司馬の小説では武器を携えずに長宗我部隊に吶喊→討死にしてたな確か。

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