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めんどくさい三河武士の話。仕官なんてしないんだから・いい話?

2009年03月07日 00:18

589 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/06(金) 02:18:42 ID:ov6DwtuE
 
めんどくさい三河武士の話。仕官なんてしないんだから。

彼は家康の譜代の家に生まれた。
三河武士らしくめんどく・・・一途で頑固な性格で、
一生懸命武芸に励み、その後家康の近習に取り立てられて関ヶ原でも活躍。
大坂夏の陣では頑張って一番乗りも果たしちゃったが、
残念なことに先陣争い禁止だった為、家康にあえなく妙心寺に蟄居させられた。

そこでわずか30歳で剃髪、一気に武士をやめてしまった。

その後暇になったのか、お友達の林羅山のすすめで学問を始める。
文武両道と評判になりあちこちから仕官の誘いが来たが、
一度やめた武士になる気なんてさらさらなかった。

しかし母親が病気になったため、安芸の浅野さんちに学者として仕えることになる。
10年以上たったころ、母親が亡くなったので、彼は隠居を願い出た。
しかしMOTTAINAI人材だといって隠居を許してもらえない。

奴は、強引に隠居した。

こっそり京都に戻って山荘を建てて、自分好みの庭を作り、大好きな漢詩を楽しむ。
幕府に仕官の推薦も何度もされたが、あくまで固辞。
御水尾上皇にも召されたが、これも固辞。
その後も、仕官なんてもう二度としないと諸侯の誘いを最後まで断り続け、
優雅な隠遁生活を30年以上も続けて、90歳でこの世を去った。

彼の名は石川丈山、鹿脅しの考案者であるもといわれ、
彼の隠居所は現在は詩仙堂と呼ばれて親しまれている。

最後までつらぬいた三河武士のお話でした。
 



590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/06(金) 07:40:26 ID:kBavnkvF
庵(後の詩仙堂)を建てようとしたけど金が足りない。
蔵書を全部売ってみたけどやっぱり足りない

困ってたら浅野の殿様がお金を送ってくれた




浅野「録を送ってあげただけよ かんちがいしないでよね
あんたが勝手に辞めたの、認めてなんてあげないんだから~!」


後々も 折りにふれ世話をやいてた浅野さん




591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/06(金) 07:57:08 ID:SJhsWnUl
>590
浅野本家のツンデレ...
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