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板垣信形と扇の詞・悪い話

2009年03月15日 00:24

822 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 23:03:52 ID:X88usixQ
板垣信形が、信州諏訪の郡代をしていたときのこと。
ある時、信形が甲州に帰って報告をし、また諏訪へと戻る前、家のことなど万事を指示しておこうと
息子、弥次郎の所に行くと、壁の折釘に、なにやら物を書いた扇が掛けてある。

これは弥次郎が書いた物かと思い、
「よいか、扇に物など書くというのは、高僧、公家。または御館様のような身分の高い方々が、
我等の持っている扇をとってなされるものだ。おまえがどれだけ書を良くしようと、我々のような
身分の者達が書いて良いものではないぞ」

と戒めれば、弥次郎、これは十日ほど前に、御館様が自分の扇を取って書いて下さったものです、
と言う

信形は立ち上がってその扇を見ると、そこには

『誰もみよ みつればやがてかく月の いざようそらや人の世中』

そう書かれていた。
信形は目をつぶり、すこし考えてから

「去る十月の事であった。晴信様がお煩いになったので、わしが代官として七千騎を預けられ、
笛吹き峠で合戦を行い、勝利した。

その時わしは床机に腰をかけたまま勝鬨を上げた。その姿はまるで御館様のようであっただろう。
ところが意外にもその場に、晴信様はご出馬なされていた。
そしてわしの姿を、御舎弟信繁様以上の振る舞いであると、そうおっしゃったとか。

それゆえに弥次郎、おぬしの扇にそのような歌を書いて下されたのであろう。」

信形はすぐに、諏訪郡代を辞職せてほしいと申し上げたが、許されなかった。
しかしその後も申し上げ続け、諏訪よりも甲州で過ごす方が多くなったと言う。

これは信形が、主君を深く恐れている事を表したのだといわれる。

全てのものは、満れば欠けるのが道理である。
充分であればこぼれる。満足すれば驕りをなし、驕れば災いを呼ぶ。
誰であっても、常にそのように心得ておくべきである。
聖人もおっしゃっていたではないか、貧しくてへつらわない人はいても、
富ておごらない人はいない、と。
(古老軍物語)




823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 23:57:49 ID:XKtcpar3
弥次郎どうなったんだろ、と思ってググったら…
やはり欠けたることもない望月はなかったか

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:08:50 ID:ttopfG3y
>>822

wikiでは板垣に対してnegativeなニュアンスが目立つ記述ですね。
確かに悪い話に繋がる話ではある。

信玄も、古参の幹部の処遇は困ったんでしょう、きっと。

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:11:05 ID:3ofhxkl2
織田信長「追放しちゃえばいいじゃない」

826 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:48:10 ID:LBrl30F5
元就「大きくなりすぎた家臣は・・・ねえ」

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 01:05:44 ID:tqiPboH7
DQN家久「主家を脅かすような家臣とは一緒に酒飲めば解決するYO」
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