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修験者の生まれ変わりは・いい話

2009年04月10日 00:12

604 名前:2ch佐賀昔ばなし[sage] 投稿日:2009/04/09(木) 10:39:27 ID:mFdBJUKw
昔々あるところに、一人の修験者がいました。
その修行ぶり、土地の殿様も関心するもので、修験者はたびたび殿様に招かれて
ご馳走などふるまわれていたそうです。

こうして五年経ったある日、修験者は殿様に申しました。
「これまでの殿様のご恩、浅くありませぬ。この上は、私は報恩のために『水定』して
当国の主に生まれ変わり、法を立てて治めましょう。」

『水定』とはお経を唱えながら海に漕ぎ出して帰らない、即身成仏の海上版です。

驚いた殿様は、しきりに修験者を止めましたが、とうとう修験者は
「われ国主に生まれ変わるならば、再びこの浜に流れ着き、草鞋片方のみ残るべし。」
と言い残し、人々の涙と合掌に見送られて、小舟で海に出てしまいました。

数日後、浜に修験者の遺体が流れ着きましたが、果たして修験者の言葉通り、
片足だけ草鞋を履いていたそうです。


数十年後、殿様のご長男、伊勢松さまが元服の日を迎えました。
伊勢松「父上、私はこれより何と名乗れば良いでしょう?」

(・・・あの修験者、勝茂(しょうも)と言ったか・・・・・・)
「 『 勝茂(かつしげ) 』 と名乗るがよい。」

その後、鍋島勝茂は関ヶ原では西軍として数々の城攻めに参加し、島原の乱では
抜け駆けの罪で閉門を命じられました。

が、不思議と肥前半国の国主の地位を保ったそうです。 (葉隠より)





606 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/09(木) 12:57:19 ID:pl8JQoDk
>>604
関ヶ原のときは、親父が家康に取り入ってるから。
軍勢こそ出せなかったけど、東海道筋の米を買い占めて家康に献上したとかなんとか。

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 01:25:06 ID:HKz+enbN
>604
ふだらく渡りだっけか
それとはちと違うか
戦国末期まで西日本を中心にかなりあったみたいだね
厭世観から極楽浄土を夢見ての集団入水がさ

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 09:58:45 ID:0wq5yqFv
>>619
ふだらく渡りぽいよね
ただし正当派ふだらく渡りは出港地が和歌山のふだらく寺じゃないと
だめだったんじゃなかったかな。

運がいいというか悪いというか
鹿児島とか琉球あたりを漂流しているところを拾われて
そこのお寺の住職になった人もちらちらいるみたい。
通常は黒潮に乗って遭難コースだろうけど。

ところで鍋島勝茂ってちょっとwikipediaみてみたら
結構DQNだな・・・。5人目のDQN四天王?

623 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/10(金) 11:02:37 ID:zUZaT/lg
>>622
勝茂はDQNというよりバカ殿だな。
人格者ではあるが、頭が非常にアレな人物。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    報恩にしては危なっかしい話だなぁ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    「あなたにご恩があるので、ちょっとあなたの息子に生まれ変わってきますね」って怖くね?
    即身成仏のはずなのに輪廻転生しちゃってるし。

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