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戦国「後」の、世の中・悪い話?

2009年04月23日 00:06

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 14:56:47 ID:qFkDF/2M
戦国「後」の、世の中


渡辺勘兵衛が睡庵と名乗り、坂本に居住していた頃の事である。
渡辺の家来が大津の町で喧嘩騒ぎを起こした、と言う話が広まった。
これを聞いた、友人で、元の福島家臣であり、正則改易後牢人をしていた吉村又右衛門は
京より坂本に駆けつけた。

坂本の自宅に現れた吉村に、渡辺
「吉村殿、今日こられた用件が喧嘩見舞いであるのなら、特にさしたることもないゆえ
帰られよ。
何か話でもしたいと思ってこられたのならどうぞ、うちで飯でも食って語り合いましょう。」

心配して急いでやってきたのだ。感謝されることこそあれ、この渡辺の態度はどうか。
吉村、気を悪くし「いや、喧嘩の沙汰を聞いたので見舞いに来たまでです。そのような事であれば、
これで帰ろう。」

「そうか…。では、少々待たれよ。」

渡辺は次男を吉村につけ、街道まで見送りをさせた。
道すがらこの次男は、「父から、密かに吉村様に伝えよとの、言付けがあります。」と語りだした。
その内容はこうだ。

『吉村殿、今日の見舞いの事は、吉村殿には似合わぬ行動ですぞ。
今は天下の大法が定まり、もし我が家来が殺されれば、殺したものは切腹を申し付けられ、
逆に人を斬れば我が方の者が切腹を申し付けられる、そう言う世の中になりました。
しかれば、喧嘩であっても無責任に放置する事はできません。

そうであるのに、喧嘩騒ぎがあったこのようなときに、吉村又右衛門ほどの剛の者が
京都より渡辺の下に来たと知られれば、双方の徒党を組んだ若者達を刺激する事は間違いなく、
いたずらに事態を悪化させるでしょう。

そのような事なので、今回は慎んで頂いたのです。』

戦国の自力救済社会からの転換が、はっきりと感じられる、そんな、戦国が遠くになった頃のお話。





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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    手を取り合って支え合えるような親しい間柄でも、おいそれと助け合えなくなった時代の到来…。
    それはそれで悲しいですね。

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