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尾張、熱田大宮司千秋氏の討ち死に・いい話?

2009年05月07日 00:20

326 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/06(水) 13:58:30 ID:OW9cjIfE
尾張は熱田の大宮司千秋氏の話である。

宮司でありながら次第々々に武家化した千秋氏。
千秋季光の時、頭角を現してきた織田信秀に従うようになった。
しかし天文13年9月、信秀の美濃侵攻に従軍し討ち死にしてしまう。
その後を長男の季直が継いだが夭折、弟の季忠が当主となった。
しかし季忠も永禄3年5月、桶狭間の合戦のおりに今川の先鋒に突撃し討ち死にしてしまった。

それから時が経ち天正2年、季忠の遺児季信(ちなみに季信は
父季忠が戦死した時はまだ母の胎内にいた)が初めて信長に謁見した。
信長はそこで天下統一した暁には本領を安堵することを約したが、
とりあえず今の段階で三ヶ所を与えた。
さらに付け加えて言う。
「大宮司は大変高貴な職であるが、残念ながら三代にわたり戦死してしまい
血脈が耐えてしまう惧れがある。これからは軍事に携わらず神職を全うせよ」
これ以降、千秋氏は大宮司の職に専念することになったのである。

> 天下統一した暁には本領を安堵すること約した

このあたり微妙にけち臭いが一応信長のよい話?

ちなみに戦死は二代続けてはわかるが、三代目はよくわからない。
季直も地味に戦死したのか、季光の父も戦死したのか、季忠の後を代理的に継いだ
弟の季重も戦死したのか。




327 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/06(水) 14:05:21 ID:avYsSvhN
戦死といえば、こんな話が

始め武田、その後徳川に仕えた三井氏と言う一族があって、
その当主は代々、弥一郎十右衛門を名乗った。

この弥一郎さん、七代連続で合戦において討ち死にし、そのうち五代は伊部、川中島、三方が原、
長篠、長久手の合戦において討ち死にしたそうである。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    千秋氏みたいな武装した宗教勢力は何気に織田軍の重要な戦力なんだよねぇ。
    三代続けて当主が戦死させるほどの激戦地に送り続けたというのは信頼も厚かったのだろう。

  2. | |

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  3. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    これかな、熱田大宮司を心配する織田信長のエピソード。
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1095.html

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